第21話 忍び寄る影

 ヨミと私の新たな旅が始まった。行く宛はない。ただ好きな地を好きなように回るだけ。今日はたまたま私の故郷イッタリに来ている。


「ば、化け物!」

「落ち着いてください、ちゃんと退治しますから」


 ヨミが陽気な口調でクライアントの男に言う。私は『悪霊』に向かって左手をかざす。紫色の光が手から放たれ、悪霊が壁まで吹き飛ぶ。


『ううう……う、』


 それでもなお悪霊は消えない。私は荷物から『呪符』を取り出す。それから万年筆も。そしてその呪符に『契約印』を書き、悪霊めがけて放り投げる。呪符はひらひらと宙を舞ったあとぴたりと悪霊に張り付いて、悪霊はけたたましい悲鳴とともにチリとなって消えていった。


「ふう。任務完了!」 


 私は、私の後ろでクライアントを守るヨミを振り返って親指を立てた。



 私とヨミは旅をしながらこうして悪霊退治をしてお金を稼いで生活している。


「レイン、最近また腕を上げたんじゃない?」

「うーん、まだまだだよ。ヨミの左手には数百の契約があるんでしょ?」


 ヨミはオンミョウジだったけれど、この『契約』は、オンミョウジュツではないらしい。ヨミが独自に編み出したものだ。

 左手に魔物や霊力との契約を結ぶ。決して両手で契約を結んではいけない。現世とあの世のバランスが狂うのだそうだ。バランスを崩すと、術者の魂は死の国に持っていかれるそうだ。

 それから呪符。これを使うときは呪符に『契約印』を書かなければならないが、それはジャポネの言葉でなくてもいいらしい。私はイッタリの言葉で書いているが、今のところ支障はない。


「それにしても、ヨミ。最近悪霊の数が多すぎない?」

「ああ、俺もそれは考えてた。どうもイッタリに原因があるように思う……」


 ヨミは顎に手を当てて考えているようだった。季節は夏に差し掛かっていた。私たちが出会ってから半年ほどが過ぎた。私は最近ヨミに代わって悪霊退治の依頼を任されるまでになっていた。

 毎日充実していたが、それでも私は、ずっと引っかかっていることがある。オーヴェさんに言われた『エニシの記憶』のことだ。オーヴェさんと別れて早数カ月、私は一向に何も思い出す気配がない。内心焦っていた。このまま何もしないで時が過ぎていくのではないか。もしかしたらオーヴェさんの予言が外れて、ヨミは不老不死のままなんじゃないか。 

 私はヨミの荷物の『呪い絶ちの太刀』をじっと見た。そういえばオーヴェさんは、『呪い絶ちの太刀を守れ』、とも言っていた。あれは一体どういうことなのだろうか。


「おい、おい! レイン。飯が冷めるぞ?」

「ああ、ごめんヨミ」


 私はたき火で焼いた焼いた魚を口に入れる。夏が近づいてきたため、私たちがこうして野宿をすることは少なくない。今日も自給自足の生活だ。

 河原にテントを二つ張り、そこで別々に眠る。野宿はそんなに嫌いじゃない。夜の星をたくさん見ることができるからだ。

 私は魚を食べ終えて、たき火の前に座ったまま空を見上げた。今日もいろいろな星たちがきらめいている。


「なんだ、レイン。両親が恋しくなったか?」


 ヨミが冗談交じりに言う。私はいったん視線を空からヨミに戻し、「まさか」と笑う。


「寂しくないって言ったらうそになるけれど。でも今は、『今を生きる』ことで精いっぱい。それにさ、毎日が楽しいから、お父さんとお母さんのことを考える回数が減ったの。これって親不孝かな?」


 私はヨミに笑いかける。ヨミも私を見て笑うと「そんなことない」、小さく言う。私はもう一度空を見上げた。星が瞬き輝いている。

 右から左、後ろから前、すべての星を見渡して、私はあることに気づいた。前は気づかなかったけれど、ひときわ強く輝く『赤い星』が見えたのだ。あんなの、見たことがない。


 私が空の一点を見ていることに気づいたヨミは、私の視線の先を見ると顔をしかめた。


「ありゃ、吉凶星だな」


 ヨミは荷物の中から紙とペンを取り出すと、何かを書き始める。数字がたくさん羅列されていく。何かの計算式だろうか。

 数分して計算を終えたヨミは、計算結果を見て先ほどよりも顔を曇らせる。


「ヨミ? なにしてたの?」

「ああ、これは星読みっていってな。星の位置から運命を算出するもんなんだけど……どうやらあの星によれば、ちょうど一週間後、ただならぬことが起きるみたいだ。最近悪霊が多かったのは、その予兆だ」


 ヨミは顎に手を当てて計算式の書かれた紙をにらむように見ている。何が起こるのだろうか。何が……


「俺はあんまり陰陽術の『未来視』は得意じゃないんだよな。それこそえにしなんかはそれに長けた人だったんだが」

「へえ、エニシが」


 うわべだけの返事をした。そういえばヨミは、えにしのことをどう思っているのだろう。今はともかく、昔はエニシのことをとても信頼していたし、話を聞く限りでは、ヨミはエニシに恋をしていたようにも取れるのだ。

 私が考え事をしている間、ヨミは荷物から鏡を取り出し、目を瞑って何かを唱えていた。そして唱え終わったかと思うと目を開き、重々しい雰囲気で口を開く。


「えにしが、あるいは関係してるかもしれねえ……」

「え?」


 私は言葉を失った。このタイミングでエニシがかかわってくるというのか。何が起きる、もしかして、私の人格が乗っ取られるとか?


「ヨミ、私……」

「大丈夫だ、大丈夫。まだ何もわからねえ状態だし、何かあっても俺がお前を守ってやるから。だからそんな心配そうな顔すんな!」


 ヨミは努めて明るく言ったけれど、私の不安はぬぐえなかった。エニシの目的ってなんなんだろう。そういえばオーヴェさんは、私とヨミの二人で『アルモノ』を殺す日が来ると言っていた。それはエニシじゃないとしたらなんなのだろうか。ぐるぐるとない頭で考えても一向に考えはまとまらない。


「レイン、今日はもう遅い、寝ろ」

「でも、ヨミ……」


 私が不安をあらわにしたら、ヨミの手が私に伸びてきてわしゃっと頭を撫でる。なんだかそれだけで安心してしまって、私は急に眠気に襲われる。


「ほら、いい子だから寝て来い」

「ん、わかった。お休み、ヨミ」


 私はたき火の前から立ち上がり、張ってあった二つのテントのうちのひとつに入る。

 エニシ、ヨミ、私。生き残るのは誰なんだろう、死ぬことができるのは、誰なんだろう。考えるだけで頭が混乱してくる。私はそっと目を瞑り、そのまま睡魔に身を任せた。

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