第17話 刀鍛冶のタンジ
ジャポネについてから数週間、私とヨミはジャポネの観光をしながらエドを目指していた。エドはヨミの生まれた場所らしい。ヨミはエドに近づくにつれて表情を曇らせていった。
「ここら辺から、エドだな」
ヨミは足を止めてあたりを見渡す。懐かしそうに、忌々しそうに。
そりゃそうだ、あまりいい思い出のない場所なわけだから、私だったら二度と来たくないと思うことだろう。
それでもヨミは、一歩歩きだす。
ジャポネの墓地につく。そこにはたくさんの墓碑が立っていて、イッタリのものよりもとても大きかった。
ヨミはその中からひときわ大きい墓碑の前で止まる。ジャポネの言葉で何かが刻まれた墓碑の前には、とてもたくさんのきれいな花が供えてあった。
「もしかして、これが『アベ』の墓?」
「ああ、そうだ。……えにしは本来ならここに……いや。なんでもねえ」
ヨミの顔が曇る。エニシは『アベ』の近親者だったのに、お墓はない。いや、ヨミは『本来ならここに』、って呟いていた。それはどいう言う意味なのだろう。
「あの、ヨミ。エニシもここに、って、どういう意味……?」
気づいたら言葉に出ていた。またやってしまった。思ったことをすぐに言う癖って、どうやったら治るのだろうか。
私が自己嫌悪に陥っていたら、ヨミがふいに口を開く。
「ジャポネでは近親者は火葬された後、骨を同じ墓に入れるんだ。まあもっとも、えにしは俺に禁じられた術をかけて、そのせいで命を落としたから、不審死をしたえにしを同じ墓に入れることを拒んだんだろうな」
ヨミの顔は薄暗く、思い出したくないものを思い出しているようだった。ダメだ、ここにいたらヨミはますますエニシのことを思い出してしまう。
「ヨミ、『アベ』の骨をもらったら、さっさと刀鍛冶を探しましょう?」
私が言えばヨミは無言で墓碑に左手をかざす。そして彼の手が青く光り、墓碑がごご、と横に動く。墓碑の下に空間が現れて、そこにいくつかの小さい箱が出てくる。ヨミはそれを一つずつ確認すると、ある一つの箱を開けて中から骨を取り出す。『アベ』の骨なのだろう。ヨミはその骨を見て顔をしかめた後、呪符を取り出しその中に大事に骨をしまう。
「レイン……行こう、か」
ヨミは墓碑をもとの位置に戻すと、私に小さく言う。私は首を縦に振るだけで、何も言えなかった。
『アベ』の骨をもって、私とヨミはエドの町を歩く。とても活気のある町で、みんなあわただしく動いている。
ヨミはオーヴェさんからもらった地図を頼りに刀鍛冶を探す。刀鍛冶って、どういう人なんだろう。とても怖そうなイメージだなあ。
あ、もしかしたら太刀を打つところを見られるかもしれない。なんだか期待と不安が入り混じって、緊張してくる。
「こっちだな」
「え? そっちに道なんてないよ?」
私があれこれ考えていたら、ヨミは裏道に入る。
人気のない荒れた道なき道を歩いていけば、そこに小さな木の小屋が見えてくる。すごいところに住んでるものだ。
私とヨミはその小屋の入り口まで歩く。あたりはしんとして人の気配は一切しなかった。
「ごめんください」
ヨミは小屋の中を覗き込むけれど、そこには誰もいなかった。留守なのかな。私はヨミの背中に隠れるようにして中をのぞく。いろいろな、見たことのない器具がたくさん置いてあった。
「わしに用かな?」
「ひゃあ!」
小屋の中を見るのに集中していた私の背後から、いきなり声が聞こえて私はびくっと飛び跳ねる。
恐る恐る振り返れば、白髪の、なんとも頑固そうなおじいさんがいた。
「あの、タンジさんって、あなたですか?」
ヨミは相変わらず驚く様子もなくおじいさんに問う。おじいさんはヨミを上から下まで見渡して、小さく息を吐いた。
「その赤い目……『呪われたもの』か。わしに『呪い絶ちの太刀』を作れと頼みに来たのか?」
おじいさんはヨミの問いには答えずに、代わりにヨミの素性を当ててくる。やっぱりこの人がタンジさんなのだろうか。
おじいさんは私たちをよけて通り、刀を打つ場所なのだろうか、小さな椅子の上に座る。
「……いかにも、俺は『不老不死』の呪いをかけられたものでヨミといいます……。あなたに『呪い絶ちの太刀』を打ってほしくて伺ったのですが……」
ヨミはおじいさんに歩み寄って頭を下げる。私もあわててヨミに倣って頭を下げた。お願いだからと、心の中で祈りながら。
おじいさんはそんな私たちを見てふん、と鼻を鳴らす。
「『不老不死』だあ? そんなの、呪われてたほうが得だろう? 死なない体、朽ちない体、それのどこに不満がある?」
おじいさんはそばに置いてあった長い棒に火をつけると、煙をくゆらせる。あれは、たばこなのだろうか。
「そっちの異人さんは、何者なんだい?」
おじいさんは私を見てふう、と白い息を吐き出す。思わずせき込みそうになるのをこらえて私はおじいさんに返す。
「私はレインと申します。この人の弟子です」
まっすぐにおじいさんを見て言えば、おじいさんはかっかっか、と笑いだす。
「弟子? お前さんが? いったい何の?」
「オンミョウジです。私はオンミョウジュツをヨミに習ってます」
私はなおもまっすぐにおじいさんを見て言う。おじいさんは笑いをやめ、私をまっすぐに見る。おじいさんの黒い瞳は、どこまでも深い暗闇のようで吸い込まれそうだ。
しばらくおじいさんは私を見ていたかと思えば、タバコの灰をとんとん、と床に落として頭を抱える。
「どいつもこいつも、呪いだの陰陽師だのと……いいか、わしが打つ刀はただの刀じゃあない。いわば『妖刀』だ。そこらの刀と一緒にするな。刀は役目を終えるまで『力』を持ち続ける。お前さんはその『力』を悪用しないと言い切れるのかい?」
おじいさんの言葉に私もヨミも言葉を失う。ヨウトウ。妖しい力を持った刀だ。そんな刀、果たして私たち、いや。ヨミに扱いきれるのだろうか……だろうか、じゃない。扱うんだ、制御するんだ。そのために、私たちはここまで来たのだから。
「できます。俺は妖刀を悪用なんか、するはずがない。俺はただ、安らかに死にたいだけなんです」
ヨミのはっきりした声が小屋に響く。おじいさんはタバコに口をつけ思いっきり息を吸い、そして煙を吐き出した。
「わかった。信じよう。だがもしも、お前がこの刀を他の人間に向けたとき、その時はお前が妖刀に負けた時だと思え。わしは責任を負わんからな」
「あ、ありがとうございます!」
ヨミは声を張り上げて頭を下げる。私もおじいさん――タンジさんに深く頭を下げた。
カンカンカン! 小屋に大きな音が響く。鋼に『アベの骨』を混ぜた真っ赤なそれを、タンジさんが何度もたたく。タンジさんの額にはたくさんの汗粒が浮かんでいる。
ジャポネの剣は、どの国のものよりも切れ味がよく、丈夫だという。その理由が分かった気がする。
何度も何度も熱してはたたき、たたいては熱する。そうやって半日がたったころ、ようやく『呪い絶ちの太刀』はその姿を現した。刃が、真っ赤だった。
なるほどどうして、これが妖刀なのは一目瞭然だった。私はなんだか怖くなった。もしこれに、妖刀にヨミま負けたら、どうなるのだろうか。
「異人さん……レインといったか。この刀を見て、どう思った?」
刀の刃の出来具合を目で確認しながら、タンジさんは私に言う。
「怖い……と思いました」
私は正直な気持ちを言う。隣にいたヨミは驚いたといわんばかりに私を見た。そりゃそうだ、怖いという言葉はつまり、『ヨミが妖刀に負けそうで』という言葉が前に来る。
そんな私たちを見てタンジさんはかっかっか、と笑いを漏らした。
「安心した。レイン、お前さんはこの刀の……いや、ヨミの鞘になれ。そいつが無茶をしようとしたら、お前が止めてやれ。そいつが刀に負けたときは、お前が責任をもってそいつを殺せ」
「え?」
殺せ? タンジさんは何を言っているのだろう。そんなこと私にできるはずもないのに。
いや、そもそも違う。ヨミは決して、妖刀には負けない。
「お言葉ですが、タンジさん。ヨミは妖刀に負けたりしませんから。私がヨミを殺す日は来ません。そもそもヨミは不老不死なので、殺せませんよ?」
「ほほう、これは一本取られた。不老不死だったな」
タンジさんは大声で笑ったあと、ヨミに出来上がった『呪い絶ちの太刀』を渡す。
「重い……」
ヨミが呟く。その目は少しだけ恐怖に染まっている。私は太刀を握るヨミの手に自分の手を重ねる。ヨミの手は、少し冷たい。怖いよね、でも大丈夫だよ、ヨミはそんなに弱くないって、私が保証する。
「大丈夫だよ、ヨミ。私がいる」
「レイン……ああ。そうだな」
ヨミの顔から恐怖が消える。私はヨミから手を放す。途端に私の緊張も解ける。ダメだ、私。もっとしかっりしなきゃ。
「それじゃあな、お二人さん。この先、本当の決断が待ってんだろ?」
タンジさんの言葉に私とヨミは現実を思い出す。そうだ、私たちはこの刀をもってオーヴェさんのところに行かなければならない。そう、エニシの転生者を、殺すか殺さないかの選択を報告しに。
「タンジさん、ありがとうございました」
別れ際、タンジさんと握手を交わす。
「お前さん、きっとこの先いろいろあるだろうけど、お前さんならきっと乗り越えられるだろうよ」
タンジさんの言葉の意味はよく分からなかった。それでも私たちはタンジさんの家を後にし、やがて元来た道を引きかえして、再び『雪の国』ローシへと向かう。
私たちは迷っていた。エニシの転生者を殺すか否かの決断を。
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