第16話 閑話休題〜温泉タイム〜

 翌朝、私が目を覚ますとすでにヨミは着替えを終えて部屋からいなくなっていた。どこに行ったのだろうかと私は着替えてヨミを探しにフロントへ向かう。

 まだ寝ぼけている頭で着替えをすませてフロントに行けば、ヨミがフロントの人に何かを聞いているのが見えた。


「ヨミ、おはよう」

「ああレイン、おはようさん」


 ヨミの顔は、もうずいぶん前に起きたのだろう、すでにすっきりとしている。そういえば昨日ヨミは何時に寝たのだろうか。私は結局昨日はフトンをかぶった後すぐに眠りについていたらから、ヨミが何時に寝たのかはわからない。

 私はフロントの人と話し込むヨミをじっと見た。普通に話してる分にはかっこいいのに。私がじいっと見ていたからか、ヨミは早々にフロントの人との話を終わらせ私のそばに歩いてくる。


「レイン、俺に何か用か?」

「ううん、ただなんとなくね。朝起きたらいなかったからさ」

「なんだそれ。ガキみてえ!」


 ヨミはそういうと柔らかく笑う。あれ、今日はそんな風に笑うんだ。昨日はあまり調子がよくなさそうだったし、私に何か隠し事をしていたから喧嘩になったけれど、それでもなんにもなかったかのように接してくる。


「俺に何かついてるか?」

「いや。何も……」


 戸惑った。ヨミの一つ一つの行動言動に、私は最近振り回されているのかもしれない。

 私はヨミと並んで歩き宿泊部屋への道を歩く。横目でヨミを見ながら歩けば、ヨミは私の視線に気づき私のほうをじっと見る。


「なあ、レイン。さっきからなんで黙ってるんだ?」

「べ、別に。話すことがなければ話さないのは普通でしょ?」


 少しつんけんした言い方になってしまった。私は歩幅を速めて宿泊部屋に歩いていく。ヨミはそんな私を追いかけるように速足でついてくる。

 部屋について、備え付けのリョクチャを淹れて飲む。なんだか落ち着く。


「はあ。ジャポネはいいところだねえ」

「全く、お前は呑気だな。ところでレイン、今の時間だとジャポネの『温泉』に入れるんだが、行ってみるか?」

「温泉?」


 私はお茶の入ったカップをテーブルに置く。先ほどフロントで話していたのはそのことかと納得した。あのヨミがわざわざ人と関わるなんて、それ以外に理由はない。

 ヨミは私を見て相変わらず優しく笑っている。


「ジャポネの風呂なんだが、ここは渓谷に露天風呂がある。体にいいんだ。あ、混浴じゃないから安心しろ?」

「コンヨクって?」


 本当にジャポネは面白い国だ。いろいろな知らない言葉が飛び交っている。コンヨクとは何だろう。お風呂の名前かな。

 私はヨミからの返事を待つようにヨミをじっと見る。ヨミは何を思ったのか顔を赤くすると少し小さな声で私に言う。


「ああ、男女別って意味だ」


 照れているのか、ヨミの顔がますます赤くなる。酷なことを言わせてしまったと後悔しても遅い。

 そうか、『コンヨク』はきっと言葉の並び通り一緒に入るって意味なのだろう。本当にジャポネは面白い。


「私温泉、入りたい!」


 このまま黙っていたらヨミがますます気まずくなると思い、私は話題をそらすように言う。ヨミは「そうか」と小さく言い、温泉の入り方の説明を始めた。

 温泉に入る前は体を洗うこと。温泉に入るときは宿から借りたタオルを体にまくこと。それからそのほかにもいろいろな注意を言われた。

 ちょっとややこしいと思いつつ、私は着替えと宿の部屋に備え付けてあったタオルを二枚もって温泉へと向かう。そこは渓谷の中にあって、とても幻想的だった。

 温泉は思ったよりも心地よかった。体が芯から温まる。それに女湯の隣の男湯と会話ができる。もちろんお互いを見ることはできなかったけれど。


「ヨミ! ヨミ! すごいの! 温泉って白いのね!」


 私は大きな岩をはさんで向こう側にいるヨミに大きな声で話しかける。しばらくすると向こう側からヨミの声が聞こえる。


「気持ちいいか?」


 ヨミの声が渓谷にこだまする。私は温泉につかりながら伸びをした。本当に気持ちのいい、すがすがしい朝だ。ざあざあと川の流れる音に、温泉の周りに積もった雪がとてもきれいだった。



 しばらく温泉を楽しんだ私たちは宿に戻り一服することにした。ヨミは『オンセンマンジュウ』なるものを買ってきてくれて、私は宿泊部屋でそれをまじまじと見た。まん丸で、茶色いこれは、いったいどんな味がするのだろうか。ウメボシの時のように酸っぱかったり、はたまた辛いのだろうか。

 私は不安げにヨミを見た。ヨミはクスリと笑い私にオンセンマンジュウを一個渡す。私はそれを恐る恐る受け取る。ズシリ、見た目よりも重たく、つるつるした感触だった。


「レイン、何怖がってるんだ?」

「だ、だって、ウメボシみたいに酸っぱかったら怖いじゃない」


 私は手に持ったオンセンマンジュウを三六〇度回転させてくまなく調べる。においもかいだが、甘い匂いがした。


「饅頭にはあんこが入っててな、甘くておいしいから食べてみろよ」


 ヨミの言葉を半信半疑に、私はオンセンマンジュウを口に入れる。瞬間独特の風味と甘さが口の中に広がる。なんだこれ、おいしい!  

 私はかじったオンセンマンジュウの断面を見た。茶色い皮に、黒いものが包まれている。


「この黒いのが、『アンコ』?」


 ヨミを見て訊けばヨミはゆっくりとうなづく。おお、初アンコだ。あんまりにもおいしかったから、私はそのあと何個もオンセンマンジュウを食べた。

 ジャポネの食べ物は、とてもおいしかった。

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