第14話 雪の国の預言者
びょうびょうと雪が吹き荒ぶ。ローシに入ってから約一週間、私とヨミは宿から出られずにいた。ローシは雪の国とは聞いていたけれど、ここまでとは思わなかった。外を歩いているだけで普通に衣服が凍るほどの寒さだ。雪は背より高く積もり、とてもじゃないが雪遊びなんか楽しめる状況じゃなかった。
「寒い~死ぬ~」
「寒いくらいで死ぬな。死ねるだけありがたいと思え!」
宿で暖を取る私は愚痴を漏らす。寒いものは寒いのだから仕方ない。というか、私だって本当に死ぬと思って死ぬなんて口にしていない。寒いと言葉にして気を紛らわせているだけなのだ。
それにしてもヨミはいつもと同じ白いシャツに白いズボンだけで寒くないのかな。私なんて下着を二枚ににシャツを二枚、もこもこのセーターの上にダウンのコートを着て耳当てをして毛布をかぶって、さらに暖炉の前でヨミとくっついていてもまだ寒いというのに。
「ヨミ、見てるだけで寒い」
「はあ? じゃあ離れろよ?」
「やだ。くっついてたほうがあったかい」
私はテーブルの上にあるホットミルクを口に運ぶ。さっき熱々にあっためてきたのに、もうぬるくなっていた。雪の国ローシ、おそるべし……!
「そういえばヨミ、ヨミってなんでおんなじ服ばっかり着てるの?」
私は以前からの疑問をヨミにぶつける。ヨミはいつも同じような服ばかりなのだ。しかも服の色は絶対に白。白は汚れっぽいから面倒だと思うんだけどな。
というか、そもそも神父さんなんかは黒い神父服なのに。ジャポネでは白がオンミョウジの服なのだろうか。
「これは、死に装束だ」
「え?」
シニショウゾク? いったい何なのだろう。『オンミョウジ』もしかりだけど、ジャポネは不思議な言葉が多い。言葉の並びからして、死んだ人に着せる服か何かなのだろうか。
「ジャポネでは死んだ人間は白い『着物』を着せて葬式を出すんだ」
「白い服を? ええ、イッタリでは花嫁が白い服を着るんだけどなあ……」
私はなんだか複雑な気分になった。白いドレスは、私にとってあこがれだったからだ。でも、ジャポネでは死んだ人が着る色なのか。
「そう暗い顔すんなって。ジャポネでも結婚式には『白無垢』っつって、白い着物を着るぞ?」
「ええ? 死ぬ時も、結婚式も白なの?」
私はなんだかジャポネがよくわからなくなった。確かジャポネはちょっと変わった服を着ていたような。おなかにぐるぐると何かを巻いていたような気がする。
「ジャポネの服って特徴的よね。おなかがとても苦しそう」
「ああ? ああ。そうだな。ジャポネの服は体に服を合わせられる設計だからな。着られるようになるまで時間がかかる。それに比べて西洋の服はいいな。服が人間に合わせて作られてる」
ヨミは自分が着ている服を見てうなづく。ジャポネって本当に不思議な国だ。
ふいに私は窓の外を見る。吹雪が止み、空が晴れてきていた。
「ヨミ! 晴れた!」
「ああ、晴れたな。よっしゃ、それじゃあ、『雪の国の予言者』のところに行くとするか」
「ラジャ!」
私はかぶっていた毛布を脱ぎ捨てるように勢い良く立ち上がった。
『雪の国の予言者』の家は、山奥にある。だから私たちは、吹雪に足止めされていたのだ。
この晴れ間も、明日の昼くらいまでしか持たないらしいから、私たちは急いで山を登っていた。
晴れてるとはいえ、午前中は猛吹雪だった山道は、決して易しいものではなかった。旅を始めたころの私だったら到底登り得なかっただろう。
「着いた……?」
山の奥深く、こじゃれた屋敷が目に飛び込む。本当に人なんか住んでいるのだろうか。あたりは雪かきのあともなければ、足跡もない。
私とヨミは雪に足を取られながらも屋敷の入り口まで歩く。
「すみません! 西の果ての魔女から紹介されて伺いました!」
ヨミが屋敷のドアをたたく。返事はない。本当にここが『雪の国の予言者』の家なのか不安になってきた時だった。
ぎいいいい、と屋敷のドアが開く。出迎えは誰も来ない。入っていいってことなのだろうか。私が躊躇していたら、ヨミは何のためらいもなく屋敷の中に足を踏み入れる。本当に、ヨミのこういう怖いもの知らずなところは感心してしまう。
「お、お邪魔します……」
私はヨミに隠れるようにして屋敷の中に入る。屋敷の中の空気は冷たく、やっぱり人の気配を感じない。
「ごめんくださーい!」
ヨミは屋敷の部屋を一つ一つ開けていく。え、ほんと怖いんだけど? なんかここ、お化け屋敷みたい。寒いし暗いし。
「行き止まり……?」
そのうちヨミは全部の部屋を開け終えてしまう。え、ほんとこの屋敷何なの? 誰もいないのに屋敷のドアが開いたってこと? それじゃあ本物のお化け屋敷じゃあないか。
「ね、ねえ、ヨミ。やっぱりここ、幽霊屋敷か何かなんじゃ……」
「はあ? お前な。陰陽師が何で幽霊怖がってんだよ? そもそもドアが開いたんだから、どこかに人はいるはずなんだよ」
ヨミはその場に立ち止まり、うーん、とうなる。人がいるはず、ねえ。全部の部屋を見て回ったわけだから、もうほかに部屋はないはず。
「隠し部屋なんか、あるわけないし」
私はぼそりと独り言を言う。ヨミはそんな私を見て「それだ!」と叫ぶ。
ええ? まさか隠し部屋があるなんてそんなべたなこと……
「あったぜ?」
「あるの!?」
ヨミはあっさりと隠し通路の入り口を見つける。よく見れば床の一部の色が全く違うのが分かる。ああ、こんなにわかりやすいのに見落としたのか。私はなんだか自分が情けなくなった。
ヨミは色の違う床を持ち上げる。見事なまでにべたな地下への階段が現れた。なんだかこの屋敷、面倒くさい。そう思いつつも私はヨミに続いて地下への階段を下りる。
一番下まで来ると、いきなり空気が暖かくなった。そして目の前には扉。
「すみません!」
ヨミはドアを勢い良くたたいたあと、そのドアを押し開ける。
ドアが開くのと同時、眼前に広がる部屋の装飾に、私はめまいを覚えた。『予言者』というだけあって、何やら怪しい鏡やら水晶、スカルなどが壁一面に飾ってある。
「まあまあまあまあ、よく来たねえ。エイジアの……オンミョウ、ジ」
私たちを迎えるように姿を現した、黒い髪をきれいに七三に分け、丸眼鏡をかけたグレーの瞳の人物――たぶん『雪の国の予言者』さんだろうは、ヨミをみるなりいやそうな顔をする。なんだろうこの人、面倒くさそうだなあ。
雪の国の予言者さんはヨミを見て一瞬固まったかと思えば、私を見つけるなり私に歩み寄る。
「やあやあやあやあ! 待っていたよ、待っていたとも! 麗しき御嬢さん!」
そう言って雪の国の予言者さんは私にハグをしてくる。フレンドリーすぎるけれど、悪い人ではないのかもしれないと思うことにした。
私は雪の国の予言者さんを抱きしめ返す。
「は、初めまして、お会いできてうれしいです。『雪の国の予言者』さん」
「ん? ああ、それは僕の祖父のことだね。もう死んでしまったけれど」
その言葉に私はとっさにその人から距離を取る。じゃあこの人、いったい何者なんだ。
私は警戒して左手をその人にかざす。ヨミも一歩下がって左手をかざしていた。だけどその人は、けたけたと笑って両手を上げる。
「ノーノー、僕は怪しい者じゃあないよ。祖父の二つ名は受け継いでいないけれど、こう見えても立派な後継者だ。名前を『オーヴェ』。以後お見知りおきを」
オーヴェさんは深々と頭を下げる。この人の言っていることは本当なのだろうか。私とヨミは、オーヴェさんに手をかざしたまま顔を見合わせる。
「信じられない? 無理もないか。でもまあ、それはこっちも同じこと。いいことを教えてあげよう。『エニシ』の体は風化して跡形もなくなってしまったよ」
オーヴェさんはさもおかしそうに言うとヨミのほうに歩いていく。ヨミはじりじりと後ろに下がるが、とうとう壁際に追い込まれてしまう。
「動くな!」
ヨミが叫べば、オーヴェさんはぴたりと止まり、その顔から笑みを消す。ぞわ、と背筋が凍る。なんだろう、さっきと雰囲気が違う。
「『呪い絶ちの太刀』は、本来なら術者の血肉を混ぜて太刀を打たねばならないものだ。そして呪いを解くためには術者を『呪い絶ちの太刀』で殺さなければならない。だが君に呪いをかけた術者は死んでいる。つまり君にはどちらも不可能だ。なぜなら術者の血肉はないし、そもそも術者自体が死んでいる」
オーヴェさんの言葉に、ヨミは言い返す言葉が見つからないようだった。
そんな、そんな。それじゃあ、ヨミはこの先も死ねないの? せっかくここまで来たというのに。
オーヴェさんとヨミはにらみ合っている。そうだ、そういえばヨミは言っていた。
『術者の体じゃなくても、近親者の体の一部でも代用できるかもしれない』
それに、エニシは死ぬ前に自分は『転生』すると言い切ったじゃないか。ならばその転生者を探し出せば、まだ道はある。
「オーヴェさん! その、『呪い絶ちの太刀』の材料の血肉は、『近親者』のものではダメなんですか!? それに……エニシは死ぬ前に自分は『転生』するって言いました。その人を……」
「君は転生したエニシを殺すのかい? 『その子』には転生する前の記憶はないというのに? 君はヨミのためなら関係ない人間を殺していいとでも……?」
オーヴェさんの言葉に私はハッとした。転生したエニシは転生前の記憶がない? だとしたら、本当に何も知らないとしたら、その人を殺すのはただの人殺しになってしまう。だけどヨミは、そうしたらヨミはどうすればいいのだろうか。
私もヨミも次の言葉が出てこない。もう終わりなのだろうか、ヨミの夢はかなわないのだろうか。私たちが黙り込めば、オーヴェさんは一つ咳払いをして口を開く。
「『お前たち』に時間をやろう。まずは『呪い絶ちの太刀』だが、そっちの彼女の言う通り、近親者の血肉で作ってもある程度の効果はある。ヨミ、お前が嫌っていた『アベ』という男、奴が一番のエニシの近親者だ。ジャポネの『アベの墓』にある。それから、刀鍛冶のタンジに話をつけておいた。彼は『呪い絶ちの太刀』のプロだ。刀が出来上がったらまた僕のもとに来い。その時に『お前たちの』答えを聞こう。お前たちが、エニシの生まれ変わりを殺すのか殺さないのかを」
オーヴェさんは一息に言うと、くるっと踵を返す。私もヨミも、正論をぶつけられてしまって言葉が出ない。
おぼつかない足取りで二人、屋敷を出て山を下った。この先、私たちはどうしたらいいのだろうか。エニシの転生者は、転生前の記憶がない。それなのに私は安易だった。
「そういえば……」
オーヴェさんの屋敷があった山を下りて、宿に向かう道中、ヨミは何かを思い出したかのように語り出す。
「エンダーも、えにしが『他人』に転生したのを知っていたのかもな。……まだ転生すらしてねえかもしれねえけど」
ヨミの声はいつもと違って元気がない。そりゃ、あんなことを言われたら、絶望したくもなる。それでも、それでもまだほかに道があるかもしれないじゃあないか。
「ヨミ……その。まだ他に方法があるかもしれないじゃない? ほら、だってそうじゃなきゃオーヴェさんも『呪い絶ちの太刀を作ったらもう一度僕のもとに来い』って言わないんじゃない? あの人ちょっと不思議な人だけど、予言者としてはすごい人みたいだし……」
私は言ってて途中から心苦しくなった。人をそう簡単に殺せるはずがない。そんなのだれが考えたってわかる。それでも私は、望みを捨てたくなかった。
「ヨミ、ジャポネに行こう。『呪い絶ちの太刀』、作りに」
「レイン?」
ヨミは私をうつろな瞳で見ている。なんだよその顔、らしくない、全然ヨミらしくない!
私はぱこん! とヨミの頭を思いっきりたたいた。ヨミはようやく目が覚めたかのように目をしばたたかせている。
「だーから! うだうだするより行動しようって言ってんの! 今回の転生がだめでも、次の転生でエニシの記憶があるかもしれないし。その時のために、『呪い絶ちの太刀』を持っててもいいんじゃないの?」
いくらなんでも無理やりすぎる言い分だと思う。それは私もわかっている。それでも今、今ここで立ち止まったらすべてが終わってしまう気がして、私は泣きたいのを我慢してヨミを叱咤した。ヨミはそんな私を見て小さく笑う。
「お前、本当にどんな精神してるんだよ。仕方ねえな、行くか、ジャポネ」
ヨミは私にそう言うと、私の頭を少し乱暴に撫でた。こらえていた涙が、少しだけこぼれた。
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