第13話 決意
ヨミの話は私には少しだけ難しかった。ジャポネの国の言葉が出てきたからだ。それでもヨミは、大好きだったお師匠様に裏切られて、死ねない体にされて、今までずっとずっとつらかったということは十分わかった。
私はなるべくいつも通りに笑って見せる。
「でも、呪い絶ちの太刀が作れそうなんでしょ?」
「ああ、そうだ。エンダーの話では、呪い絶ちの太刀を作るために必要な『術者の体の一部』は、もしかしたら近親者の体の一部でも代用できるかもしれないらしい。それを聞きに、『雪の国の予言者』に会いに行く。それから、そいつならえにしがいつどこに転生するか、予言できるらしいんだ」
ヨミの声は心なしか明るく聞こえた。ようやく見えた光なのだ、私もできることは何でも協力したい。
私はヨミの横顔を見る。朝陽に照らされて黒い髪がキラキラと光っている。赤色の目は相変わらず鈍い光を放っていたけれど。
「そうと決まったら、朝ご飯食べよう?」
「はあ? どういう話の流れだよ?」
ヨミは私を見て大きくため息をついた。あ、いつものヨミだ。私はなんだかうれしくなってヨミの髪を撫でた。
黒い髪は冬の空気に冷やされて、とても冷たい。でも私の心はあったかい。ねえ、ヨミ。話してくれてありがとう。私も精一杯力になるよ。
「ほら早くご飯食べに行こう? 『腹が減っては戦はできぬ』って言うでしょう?」
私はヨミの手を握り立ち上がらせる。ヨミは「仕方ないな」、と呟いて立ち上がる。
「でもま、ありがとな」
「へ?」
今、なんて言った? ありがとうって言ったの? あのヨミが?
私はヨミを見て目をしばたたかせる。ヨミは照れ臭そうに笑っている。笑っている? あのヨミが!? 私はいよいよ目をこすりヨミを凝視する。やっぱり、いつものヨミだ。なのに笑ってる。
「お前なあ、態度に出すぎだろ? 俺だって笑うときは笑う……」
「うん、そうだ、そうだよ。もっと笑って。もっともっと。一緒に話して、笑ってさ。今まで十分つらい思いをしたんだから、これからは笑って生きていこう?」
一息に言って我に返る。なんだか恥ずかしいことを言ってしまったような気がする。私はいつも思ったことを口にして後悔する。この癖はいつになっても治らない。
「そうだな、笑えるといいな」
「え?」
握っていた手を握り返されて、私はとっさにヨミの手を振りほどいていた。なんだこれ、すごく恥ずかしい。
私はヨミに顔を見られないようにエンダーさんの家まで小走りで向かった。
エンダーさんの朝食はとてもおいしかった。チャイーの料理は、本当にどれもおいしいし、とてもいい香りがする。
「エンダーさん、これはどうやって作るんです?」
「それかい? それはね……」
あんまりおいしかったから作り方を聞いてメモを取った。雪の国、ローシまでの旅路で作ろうと思ったのだ。どうも私の料理はワンパターンでおいしくないのだ。もっとお料理を勉強しておけばよかったと後悔することも少なくない。
「それからね、レイン。料理の最大の隠し味は、『愛情』だよ?」
「あいじょう……! なるほど」
私がメモを取れば、隣にいたヨミが笑いを漏らす。私はヨミのほうを見る。
「いくら愛情入れたって、技術がなけりゃ、まずい飯はまずいままだろ」
「身もふたもないことを」
つい思ったことを口にしていた。エンダーさんはけたけたと笑い、ヨミもくつくつと忍び笑っている。二人とも、ひどくない? 私だってそれなりにお料理頑張ってるつもりなんだけどな。
「冗談はさておいて。ヨミ、いい顔になったねえ」
エンダーさんがヨミの頭を撫でる。ヨミは照れ臭そうに目を細めている。そういえばヨミはエンダーさんに撫でられるとき、とてもうれしそうな顔をする。頭撫でられるの好きなのかな。私もヨミの頭に手を伸ばし、そっと撫でる。
「レイン? 何すんだよ」
いやそうな顔をされた。きっとあれだ、エンダーさんはお母さんみたいだから、だからな頭を撫でても怒らないのだろう。私は妙に納得をして再びメモ帳へと視線を落とした。
エンダーさんに別れを告げて、私たちは『氷の国の予言者』を探す旅に出る。エンダーさんからありったけの食料と香辛料をもらった私は上機嫌だった。
ローシはそういえば行ったことがない。雪の降る寒い国だとエンダーさんに聞いたけれど、どれほどの雪が積もっているのだろうか。
「能天気だな」
「え? 何か言った?」
鼻歌交じりに歩いていた私を見て、ヨミは呆れたようにため息をついた。なんだよ、だって楽しみなものは楽しみなんだから仕方がない。
私はヨミの顔を覗き込む。能天気だ、と言いながらヨミ自身も笑っていた。
「ヨミだって笑ってるじゃない」
「俺はいいんだよ。まったくお前は、エンダーにこんなに荷物をもらって。運ぶのは俺なんだぞ?」
ヨミは両手に持った荷物を持ち上げて私に見せて不満げに言う。今更文句を言われても困る。私がエンダーさんに食料をもらっていたときは何も言わなかったのに。
ヨミはやっぱり、天邪鬼なところがある。
「だってヨミ、荷物詰めてる時は文句言わなかったじゃない」
「そりゃ、それは……」
ヨミは言葉に詰まったようにうつむいた。え、なに。私が悪いこと言ったみたいじゃないか。ねえ、なんでそんなにしょんぼりするの?
私はあたふたとヨミにかける言葉を探すけれど、何もいい言葉が浮かばない。
そんな私を見たヨミはくっく、と笑いを漏らして、顔を上げて舌を出す。
「うそだよ! 俺がお前ごときの言葉に傷つくと思うか?」
「はあ? べ、別に心配なんかしてないし!」
「ほーう? そうか。ならいいんだが」
ヨミは私を見てにやにやと笑う。本当に意地悪い男だ。私はヨミをまねするようにべーっと舌を出して悪態をつく。
「ヨミなんか知らない!」
そのままふいっと顔をそらしたら、今度はあからさまに笑われた。
「ははっ、あはは、レイン。悪かったって。あんまりお前の表情がころころ変わるから、面白くてつい、な? 許せ?」
「ヨミ? 私はものすごーく怒ってる。そうね、今夜はヨミが料理してちょうだい」
私はツン、とした態度で返す。横目でヨミを見たらまだ笑っている。本当によく笑うようになったものだ。これはいいことなのか悪いことなのか。
そんな私をよそにヨミはしばらく笑い続けた。
「あ、ありえない。ヨミの料理がこんなにおいしいなんて!」
その夜ヨミは、宿でキッチンを借りて本当に夕飯を作ってくれた。しかもかなりの腕前だった。私は悔しさに襲われながらも、ヨミの作った『ニモノ』をお替りする。
なんでもこの『ニモノ』は、ジャポネでは定番の料理らしい。でも味付けに何を使っているのだろうか。
「ねえ、ヨミ。『ニモノ』の味付けって何を使ってるの? 食べたことがない味なんだけれど」
私はジャガイモを口に運びながらヨミに訊く。ヨミは自慢げに鼻を鳴らすと、荷物の中から呪符を取り出す。え、なんで呪符? もしかして魑魅魍魎でだしを取ってるとか……?
私の手が止まる。そんな私をよそにヨミは呪符に左手をかざす。ぽっと青く光った後、たくさんの瓶が目の前に現れる。え、こんな使い方もできるの? それなら荷物たくさんもらっても、この呪符使えば万事解決じゃない。
「レイン? お前今、なんで普段からこの呪符使わないんだって思ったろ?」
「う……!」
私は言葉に詰まる。頭に石を食らったような気分だ。
「いちいち呪符に頼ってたら、呪符の数がすごいことになるだろ? この調味料は特別なんだよ。俺はジャポネ出身だから、どうしてもジャポネの味が恋しくなるんでな」
そういいながら、ヨミはある瓶のふたを開け、私に差し出す。真っ黒な液体が入っていた。独特なにおいもする。発酵食品のにおいだ。
「舐めてみろよ?」
私は言われるままにその黒い液体に人差し指をつけ、その指をなめる。
「しょっぱい!」
あまりにも塩辛くて、私はテーブルに置いてあるコップの水を飲み干す。なんだろう、この味は。においのわりに、味はそれほどきつくなかったように思う。
「これは『ショウユ』だ。チャイーから伝わった『ミソ』が発展したもんだ」
「へーえ。ヨミって料理詳しいの?」
私は『ニモノ』の材料が魑魅魍魎ではないことを確認したため、ニモノを再び口に運ぶ。甘くて塩辛い、とても独特な味付けが口に広がる。
「まあな。こう見えても五百年も生きてるから、いやでもうまくなるってもんだ」
ヨミはニンジンを口に放り込みながら言う。五百年、か。前はその言葉が重たく感じたけれど、今はそれほど重く感じない。
きっとヨミの旅路の終わりが見えてきたからだろう。
「ヨミはいい旦那さんになるね」
「は?」
思ったままを言葉にしていた。またやってしまった。
男の人に対してなんて上から目線な言い方だろうか。後悔してももう遅い。覆水盆に返らず、だ。
恐る恐るヨミを見たら、なぜだか顔を赤くしていて、私に言い返すどころか黙り込んでしまう。
「ヨミ? ごはん冷めるよ?」
「俺はもういい。疲れたから先に寝る。火の始末は頼んだ」
「うん、お休み」
よくわからないが、ヨミは体調を崩しているらしい。……体調を崩す? 不老不死なのに? でもよく考えたら、不老不死ではあっても『無病』ではないわけだ。え、もしかしてヨミ何か病気なのかな。
そう考えたらなんだかとても心配になって、私はヨミの寝室へと走る。部屋の前まで来て控えめにドアをたたく。
「ヨミ。起きてる?」
返事はない。まさか、そんなに早く眠れるはずがない。私はいよいよ気が動転してしまい、思いっきりヨミの寝室のドアをたたく。
「ヨ、ヨミ! ヨミ! 体調悪いの? ヨミ! 返事して!」
ドンドンドン、と廊下に音が響く。ほかの部屋の人に迷惑かもしれないけれど、まだ時刻は夕方の七時だ。そんなに迷惑は掛からないだろう。それよりも、ヨミのほうが心配だった。
私はもう一度ドアをたたこうと腕に反動をつける。そしてもう少しでドアに手が当たる、そんなとき、ヨミの部屋のドアが開き、私の体はそのまま前のめりになる。
「うるせえ! って、おい?」
いきなりドアが開いたもんだから、ドアをたたこうとしていた私は前のめりに体勢を崩す。そこを運よくか悪くかヨミが私の体を支えた。
「あっぶな。あ、ヨミ、やっぱり起きてた」
「な、なんだよ」
私はヨミから離れ、ヨミを見上げる。心なしかヨミの顔は赤い。
「ヨミ、顔赤い……熱!? 熱かな!? え、やっぱり病気なの? なんで黙ってたの? 薬は? 薬飲む? 持ってきたんだけど。あ、それとも氷枕かな?」
私は気が動転してあたふたとドアの前で右往左往する。そんな私を見てヨミは頭を抱えて息を吐く。
「お前な、なんで俺が病気になるんだよ? 不老不死だぞ?」
「でも、『無病』ではないじゃない。それになんだか体調も悪そう。熱あるんじゃない?」
私はヨミの額に手を当てる。ヨミはぼーっと私のほうを見ている。え、え。やっぱり熱いじゃないか、熱あるじゃないか。
「ヨミ、私氷枕を持ってくる……」
私がヨミの部屋の前から動こうとした時だった。ヨミの手が私の手をつかんで私の足が止まる。何か持ってきてほしいものでもあるんだろうかと私はヨミを見上げた。さっきよりも顔が赤い。重症だ、大変だ。
「レイン、お前が何を勘違いしてるかは知らねえが、これは放っておいても大丈夫な熱だ。というか、お前がいなくなれば治まる」
ヨミはいつもとは違い、もごもごとした物言いだ。呂律も回らなくなっているのだろうか。意地悪も言えないほど弱っているのだろうか。
「で、でも」
「いいから。いいから放っておいてくれ……」
いつになく弱弱しい物言いに、私は仕方なく何もしないことにした。人がせっかく心配してるのに。
「わかった。今日はおとなしく部屋に戻る。けど、これで体調が悪化しても、私のせいにはしないでよね?」
念を押すように言えば、ヨミはいよいよ頭を抱えてうなりだす。本当に大丈夫なのだろうか。
少しの心配を残しつつ、私は自室に戻って『ニモノ』の残りを食べた。とても、おいしかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます