第11話 昔話

 ちゅんちゅんとさえずる雀の声で目を覚ます。テーブルに突っ伏していた体を起こす。ふぁさ、と体にかけてあった毛布が落ちる。変な格好で寝ていたため、体中が痛い。


「ん……あれ?」 


 起き抜けの頭で記憶をたどる。確か私たちは西の果ての魔女――エンダーさんの家にあげてもらって話を聞いてたんだった。それで、『呪い絶ちの太刀』の作り方を聞いてヨミが家を飛び出した。それから、それから。


「起きたかい、レイン」


 私が起きたことに気づいたエンダーさんは、キッチンから私を振り返って笑みを向けている。途端に部屋中に朝ご飯のにおいが充満していることに気づく。久々のゆっくりした朝だ。


「あっ、エンダーさん、ヨミは?」

「ああ、外で考え事をしているよ」


 私はそのまま立ち上がり、家の外へと走り出る。

 暖炉で暖かかった部屋とは違い、冬の朝はとても空気が冷たかった。だけど私は、冬は嫌いではない。空気が澄んでいるし、空の青さや高さがとてもきれいだからだ。

 私はあぜ道で立ち止まり、晴れた空を見上げて深呼吸する。


「んー、いい空気」

「能天気な馬鹿面だな」


 私が深呼吸をしていたら後ろからヨミの声が聞こえた。振り返れば寒さで鼻を真っ赤にしたヨミが立っていた。しかも薄着だ。見てるこっちが寒くなる。ヨミは寒くないのかな……。


「んだよ?」

「いや、寒そうだなあって」


 私は思ったままを口にする。ヨミはちっと舌打ちすると私に向かって歩いてくる。しかも無言で。こ、怖い。なんか怒ってるのかなあ。


「言っただろ、俺は死なない。寒かろうが暑かろうが俺には関係ねえんだよ」

「あ……ごめん」


 思わず謝っていた。私は時々、ヨミが『不老不死』であることを忘れてしまう。だってヨミは、普通の人間よりはるかに普通なのだ。私と同じように笑い、怒り、時に意地悪を言う。

 本当に私と何も変わりはないというのに。


「レイン。俺はこの後『雪の国の予言者』を訪ねるが、お前はどうする?」

「へ?」


 思ってもみなかった言葉に私は素っ頓狂な声を漏らした。『雪の国の予言者』を訪ねて、何を聞こうというのだろうか。もしかして、呪い絶ちの太刀のことを聞きに行くのだろうか。


「ばあさん……エンダーから聞いた。『雪の国の予言者』なら、呪い絶ちの太刀の作り方……いや。俺に呪いをかけた『術者』の体の場所が分かるかもしれねえ」


 ヨミはいつもとは違う真剣な顔で私に言う。最近ヨミは、あまり冗談を言わなくなった気がする。


 私はヨミをじいっと見た。赤い瞳は相変わらず冷たい光を放っていた。


「ねえ、ヨミ。術者って、誰……なの?」


 ひゅう、と冬の冷たい風が頬を撫でる。私とヨミの間にぴりぴりした空気が流れた。ずっとずっと聞きたかったそれは、いつだってヨミにはぐらかされてきた。でもさ、そろそろ教えてほしい。ヨミは何と戦っているのか。ヨミが殺したい人は誰なのか。


「俺を不老不死にしたのは……俺の『師匠』だ。……そして俺が『殺したい』もう一人の人間も、俺に呪いをかけた、『師匠』だ」


 さああ、っと風とともに血の気が引くのが分かる。ヨミのお師匠様? だって私、普通にヨミにお師匠様の話を聞いてしまっていた。そんな関係だとは知らずに。

 ヨミはどんな気持ちでお師匠様の話をしていたんだろうか。


「レイン?」

「ごめん、ごめんね。私なんにも知らなくてっ」


 涙がこぼれた。私は今まで自分が一番不幸だと思って生きてきた。それでも世の中にはもっともっと悲しい思いを乗り越えてきた人がいる。頑張って生きている人がいるんだなんて、そんなのよく考えたらわかりきったことなのに。気づかなかった自分がガキでなんだかやるせなくなった。


「なんでお前が泣くんだよ」

「だって……だって、ヨミが泣かないから、だから代わりに私が泣くんだよ!」


 ずず、っと鼻をすすって泣きじゃくる。みっともなくてもかまわない、うっとうしくてもかまわない。なんで泣かずにいられようか。こんなにも寂しくつらい思いをしてきたヨミは、なんで涙を流さないのだろうか。


「全く、お前は泣き虫だな。で、お前はこの先どうすんだよ? ついて来んのか、来ないのか?」


 ヨミの問いに私は考えるまでもなく答えた。


「私もついていくよ。だって私は、ヨミの弟子だから。弟子は師匠を守るものでしょ?」


 私がそういえばヨミは少しだけ顔をほころばせる。


「レイン、少し話をしようか……」

 

 冬空の下、山のふもとのあぜ道にヨミは腰かける。私もヨミの隣に腰かけ、ヨミは、ヨミがヨミになる前の物語を語り始める。

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