第10話 呪い絶ちの太刀
「呪いを断つ方法はあるわよ。そうさね、『呪い絶ちの太刀』とでも言おうかね」
エンダーさんはテーブルに手を置くとどこか遠くを見るように目を細めた。
「『呪い絶ちの太刀』? それはどこに行けば手に入るんですか?」
ヨミは床に着けていた頭を上げると、ずいっとエンダーさんとの距離を詰めた。エンダーさんはヨミをなだめるように髪を撫で透く。それは母親が息子にするような慈愛に満ちたもので、ヨミはぽかんと口を開けて固まっていた。
「まあまあ、そう焦りなさるな。呪い絶ちの太刀の話の前に、少しおとぎ話をしようか」
「エンダー?」
そんなのどうででもいいから早く核心を教えろ、ヨミはそう言いたげだったがそれはエンダーさんによって阻まれた。ヨミの唇をふさぐように、エンダーさんの人差し指がヨミの唇を抑えていたからだ。そうしてエンダーさんのおとぎ話が始まった。
――昔々あるところにある親子が暮らしていました。父親と母親と幼い娘の三人暮らしです。娘には兄弟はなく、また、母親は病弱で毎日寝たきりの生活を送っていました。
「お父さん。お母さんは、死んじゃうの?」
幼い娘は父親に聞きます。父親は何も言わずに娘を抱きしめました。
「死なないよ。お前を置いてなんか、死ねるものか」
だけど母親は、ほどなくして息を引き取りました。父親も娘も、悲しくて悲しくて、涙が枯れるまで泣きました。
母親が亡くなってから数年が経ちました。幼かった娘はいまやきれいな娘に成長していました。
そんなある日、娘は謎の病気にかかってしまいます。父親は娘を医者に診せましたが、医者は原因がわからず治療ができませんでした。
何人もの医者に娘を診てもらっても、やっぱり原因はわかりません。父親は、死んだ妻の言葉を思い出します。
『あなた。私の一族の女は、昔から短命なのです。だからもし私が早くに死んでも、悲しまないでください。そして、出来ることなら、私の娘には同じ運命をたどらせないよう、この『呪い』を解く方法をお探しください』
父親は決心し、幼い娘を病院に預け、娘の呪いを解く方法を探す旅に出ました。
東の端の魔女に会いました。雪の国の予言者に会いました。そして父親はようやく呪いを解く方法を手に入れました。それは『呪い絶ちの太刀』で、呪いをかけた魔女を殺すというものでした。
父親は、エイジアの職人に会い『呪い絶ちの太刀』を一振り打ってもらいました。そしてその太刀をもって魔女を訪ねます。
魔女は何百年も生き続けてきたため、とてもとても強大な力を持っていました。それでも父親はひるまずに魔女に立ち向かいます。
三日三晩、父親と魔女は戦い続けました。父親はもう、息も絶え絶えでした。魔女は、自分の力を過信していました。
父親は最後の力を振り絞って油断した魔女の心臓を呪い絶ちの太刀で貫きます。魔女は悲鳴を上げてチリとなって死にました。力を使い果たした父親も、やがて人知れず魔女の住処で死にました。
「それって……『呪い絶ちの太刀』が本当に存在するって話ですか?」
エンダーさんの話が終わるなり、私は言葉を吐き出していた。でも、そもそもこれはおとぎ話であって何の信ぴょう性もない。
ヨミを見れば、落胆したように肩を落としうつむいていた。
「ヨミ……だ、大丈夫だよ、呪いは解けるって……」
私の言葉なんか気休めにもならないのはわかっている。それでも何か言わずにはいられなかった。
ヨミはそんな私を見て、へらりと笑った。
「別に落ち込んでなんかねえよ。大体、『呪い絶ちの太刀』なんて、うさん臭いにもほどがある」
ヨミの顔は笑っていたけど、心の中は悲しみに染まっているのは嫌でもわかる。ここまで来たのに、無駄足になったのだ。
「まあまあ、お二人さん。話はこれで終わりじゃあないんだよ?」
私とヨミの会話を聞いていたエンダーさんはクスリと笑うと、おもむろに立ち上がり奥の部屋へと消える。
次にエンダーさんが帰ってきたときには、その手に大振りの刀を持っていた。もしかして、あれはさっきのおとぎ話に出てきた、『呪い絶ちの太刀』なのだろうか。もしそうなら、ヨミの呪いが解けるかもしれない。
私とヨミはエンダーさんをじっと見た。
「もしかして、『呪い絶ちの太刀』、ですか?」
ヨミが恐る恐る訊けば、エンダーさんはゆっくりと首を縦に振った。
「やった! やった! よかったね、ヨミ!」
思わず私は飛び跳ねるも、エンダーさんはその刀をテーブルの上に置いて席に座ると、私たちの期待を裏切るような言葉を言う。
「これは、『あたしの』呪い絶ちの太刀だわね」
「『あたしの』?」
私は、エンダーさんの顔を覗き込むように見る。エンダーさんはさび付いた呪い絶ちの太刀をひと撫でする。まるで愛しい人をねぎらうようなそれに、私はハッとする。
「さっきの……さっきのおとぎ話の『娘』って、もしかしてエンダーさん……?」
「ご名答。あたし自身が呪い絶ちの太刀の力を証明する生き証人さ。でもね、言っただろう、この話には続きがあるって」
エンダーさんは太刀をなでていた手を止めると、再び話を続けた。
「病気が治った娘はずっと、父親の帰りを待っていたんだけどねえ。待てど暮らせど父親は帰ってこない。そのうちに娘はある魔女に引き取られて、魔女になったんだ。それである時、『雪の国の予言者』と出会ったんだ。予言者はだいぶ高齢だったねえ。娘は予言者に父親の居場所を訊いたんだけど、父親はすでに死んでいてね。娘は自分に呪いをかけた魔女の住処に行ったんだ。そこで娘は、父親の亡骸と、この呪い絶ちの太刀を見つけて持って帰ってきたんだけどねえ」
エンダーさんはさびた太刀をじっと見ている。心なしか目には涙が浮かんでいるように見える。そんな大事な太刀、借りるわけにはいかない。借りられるわけがない。
「ヨミ、お前さんにこの太刀を貸したいのは山々だけど、それはできないんだよ。なぜなら『呪い絶ちの太刀』を作るには、『あるもの』が必要なんだ」
エンダーさんは鋭く光る眼でヨミを見た。ヨミは何も言わずにじっとエンダーさんを見ている。少しの沈黙が流れる。私まで緊張してきて、先ほどまでは心地よかった暖炉が、今は少し暑く感じる。背中に汗が伝うのがわかる。私はごくりと生唾を呑み込んだ。
「『呪い絶ちの太刀』を作るには、術者――つまりは『呪いをかけた人』の体の一部が必要なんだ」
「っ!」
ガタン、ヨミは立ち上がると家の外へと走り出ていた。ぎい、ぎい、と開けっ放しのドアが揺れている。
私はエンダーさんのほうを見る。
「エンダーさんは。エンダーさんはどうやって術者の体の一部を手に入れたんですか?」
「あたしかい? あたしはねえ。さっき言った、『雪の国の予言者』が、父に魔女の髪の毛をくれたんだと聞いたねえ」
エンダーさんは優しい声色で私に言うと、私の頭を優しくなでる。お母さんと同じ撫で方だ。安心する、なんだか眠くなってきた。
「おやおや、ここで寝ちまうのかい?」
エンダーさんの声が子守歌のように心地いい。気づけば私はテーブルに顔を突っ伏して眠りこんでいた。
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