第9話 西の果ての魔女
「おばあさん、道案内してくれてありがとうございます!」
「はあ? ……このばあさんがお前を連れてきたのか?」
ヨミはおばあさんに怪訝な目を向けている。確かに、こんな時間にこんな山道を歩いているとなれば、怪しいと思うのは自然なことだ。
私は今更おばあさんに警戒心を向ける。
「あらあら、ひどい扱いじゃあないの。せっかく人がわざわざ迎えに来て、道案内までしてやったっていうのに」
「迎え……?」
おばあさんの言葉は私にもヨミにも理解できないものだった。私もヨミも、このおばあさんに見覚えはない。だとしたら、おばあさんは何者なのだろうか。
「お前、何者……」
ヨミがおばあさんに左手をかざす。だけどおばあさんはそんなヨミにひるむ様子もなくからからと笑いを漏らす。
「あっはっは、血の気が多いやつは嫌いじゃあないよ。ヨミ、あたしはあんたが探していた『西の果ての魔女』さ。さあさあ、もう夜も遅い、今日はあたしの家の泊まるといい。お嬢ちゃんも、それでいいかい?」
おばあさん――西の果ての魔女さんは、私に向かってウィンクする。茶目っ気のある表情としぐさに、どこか憎めないと思ってしまった。
私はおばあさんに笑い返す。でもヨミは相変わらずおばあさんを警戒したままだった。
「ヨミ? この人は西の果ての魔女さんだって……手を下して?」
「信じられるか? どこぞの魔女かもしれねえのに?」
ヨミはなおもおばあさんをにらみ続ける。それでもおばあさんは笑顔を崩さない。しばらくおばあさんとヨミの間に沈黙が流れる。私は何も言えずただ二人を見ていることしかできない。
沈黙を破ったのは、おばあさんのほうだった。
「ヨミとやら。あんた、たいそうな『呪い』にかかっているねえ。その背格好で齢五百を超えてるなんて、あたしゃあ、この目で見るまで信じられなかったよ」
ヨミの体がピクリと動く。『呪い』って何だろう?
ヨミはようやく手を下ろすと、おばあさんに深々と頭を下げる。普段ヨミが人に頭を下げるところなんか見たことがなかったから、私はぎょっとしてしまう。明日は雪が降るんじゃないだろうか……。
「西の果ての魔女。この度はお願いがあって伺いました」
「さてさて、その話は家についてからでいいかしらね?」
そうして私たちは暗い山道を三人で歩いていく。
三十分ほど歩けば、山のふもと、村のはずれに小さな小屋が見えてくる。
「ここがあたしの家だよ。さあさ、おあがり」
ぎいい、と立て付けの悪いドアを開けて中に入る。暖炉に火がついていて、部屋の中はとても暖かかった。それに、外から見たのよりもずっと広く感じた。
おばあさんはキッチンからティーポットとカップとお茶の葉のようなものを持ってきて、『居間らしきところ』のテーブルにそれを置く。
「突っ立てないで、お座りなさいよ」
おばあさんはそのまま暖炉の上にあるやかんを取りに行く。私とヨミは言われるがままに居間のようなところにあるテーブルの前の床に直接座る。ソファ、ないんだ……。
私は家の中を見渡す。チャイーの家って、みんなこうなのかな。
「お嬢ちゃん、人の家をそんなにじろじろ見るもんじゃあないよ」
「あ、私レインです。レイン・カルナツィオーネです」
私は座ったままおばあさんに軽く頭を下げる。おばあさんは私を横目で見ながらティーポットにお茶の葉とお湯を入れ、そのままやかんを暖炉の上に戻す。
ティーポットからゆらゆらと湯気が立ち、いい香りがしてくる。
「あんた、レインっていうのかい。そうか、よく来たねえ」
「あ、はい。西の果ての魔女さん。私こう見えてヨミの弟子なんです」
おばあさんはティーカップにお茶を注ぎ、それを私とヨミの前に置く。とても安らぐ香りがする。
「チャイーのお茶だから、お口に合うかわからないけど」
「いえ、そんなことないです。いただきます」
私はゆらゆらと湯気の立つティーカップを手に持つ。カップの中のお茶をのどに流し込めば、独特な香りと味が口に広がり、冷えた体が温まるのがわかる。
私の隣にいたヨミは、先ほどから何も言わないでじっと西の果ての魔女さんを見ていた。
「西の果ての魔女……」
「その呼び方は、好きじゃあないね。私にはエンダーって名前があるもんでねえ」
西の果ての魔女――エンダーさんはヨミを見て目を細める。そんな二人をよそに、私はまた一口、お茶を飲む。ほんと、このお茶美味しいなあ。
「エンダー、さん。その……さっき俺の『呪い』を当てましたけど、もしかして、その呪いの解き方も、知っているのですか?」
いつになく真剣なヨミの声に私は思わずティーカップから口を離し、ヨミの顔をじっと見た。ヨミの瞳は、揺れていた。
呪いって何のことだろう。もしかして、不老不死のことなのだろうか。
「ヨミ、呪いってなん……」
「レイン、お前は黙ってろ。エンダー、答えは?」
ヨミは私をひとにらみした後、エンダーさんに問い詰めるように身を乗り出す。『呪い』はやっぱり不老不死のことで合っていると嫌でもわかる。ヨミがこんな風に真剣な顔をするのは、ある人を殺したいという話の時か、不老不死の自分を殺したいときにしか見せないからだ。
それにしても、呪いだったのか。呪いだったのなら、なんで今まで解けなったんだろう。
「ああ、そうさね、ヨミ。その呪いは確かに『解ける』ものだわね」
エンダーさんはお茶をすすりながら答える。ヨミはいよいよ立ち上がると、エンダーさんの横まで歩き、そこに膝をつき頭を下げる。
「お願いします、呪いの解き方を教えてください。礼なら何でもします……!」
必死に頭を下げるヨミに私は面食らってしまう。でも、よく考えたらわからなくもなかった。本当に五百年もこの呪いを解く方法を探していたのなら、ようやく一縷の望みが見えてきたわけなのだから。
「そうさねえ。教えることは簡単さ。でも、それを実行できるかのほうが危ういのさ」
エンダーさんはティーカップをことりとテーブルに置くと大きく息を吐いた。
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