第8話 遭遇
修行をしながら旅を始めて、早ふた月が過ぎた。漸くチャイーに入った私たちは相変わらず『西の果ての魔女』を捜し歩いている。
最近私はようやくオンミョウジュツが様になってきていた。
「ふう、はああ!」
私は山道の途中にある木々をなぎ倒す。最近、この力の加減がわかりはじめ、ある程度のものなら壊せるようになった。それと同時に。
「そこかっ!」
私は森の中から気配を察知し、振り返る。中型の龍が私めがけて飛んでくる。私はその龍をぎりぎりで交わした後、左手をかざし龍めがけて『力』を放出する。
ぐおお……と、龍はうめき声をあげ、やがて消えていく。私は肩の力を抜き、ひとつ息を吐いた。
ぱちぱち、と手をたたく音が聞こえ、ぽお、と青い光が現れる。姿を消す結界の中にいたヨミが現れたのだ。
「なかなか動けるようになったじゃないか」
「嫌でも動けるようになるわよ。毎日毎日、魑魅魍魎と連戦をやらされたら、オンミョウジュツだけじゃなくて、体術も必要になってくるもの。本当に、スパルタなんだから」
私は大きくため息をついた。
ヨミはここ一カ月ほどは、魑魅魍魎のうちの一体を私と戦わせるようになった。最初は小さな『餓鬼』とだったそれは、日を追うごとに上級の魔物へと変わっていった。さらにこの修行、魔物を倒さない限り終わりにはならないのだ。今日もすっかり日が暮れ始めていた。
「まあ俺の教え方がうまかったんだろうね。しかし本当にレインは筋がいいな」
ヨミは私をまじまじと見る。筋がいい、とは本当なのだろうかと毎回疑ってしまう。無理もない、私はほかの人のオンミョウジュツを見たことがないのだから、比べる対象がないのだ。
そう考えたら、ヨミにはそういえばお師匠様がいたんだった。それなら、兄弟弟子もいたのだろうか。
「ヨミって、兄弟弟子とかいたの?」
「俺? ……いないな。師匠は弟子をとらない人だったから」
ヨミの顔が曇る。きっと自分より先に死んでしまったお師匠様のことを思い出しているんだろう。また私はいらぬことを聞いてしまったと後悔してももう遅い。
私が言葉に詰まっていたら、ヨミは私を見てにやりと笑う。
「また余計なことを言ってしまった、っ
て、後悔してるのか?」
この人はたまにこうやって自分を偽る。最初は子供っぽいと思っていた言動も、彼のことを知るうちになんとなく理解できるようになった。この意地悪い笑いだとか見透かしたような物言いは、自分を知られないための防御線のような気がしてきたのだ。相手と一線を引くための言葉なのだ。
「うん、後悔してるかな。私は何でも思ったことを口にしちゃうからね。でもさ、ヨミ、そろそろ私には心を開いてくれてもいいんじゃないの? いつもそうやって茶化すけれど、本当は深入りするのが怖いだけでしょ? 『いい人』でいるとあとで孤独が一層強くなるのが怖いんでしょう?」
私はヨミの目をじっと見た。ヨミは私から目をそらすわけでもなく私の目をじっと見返してくる。
真っ赤な瞳は太陽のような暖かい色のはずなのに、私には凍てついた冷たい氷のように見える。その瞳に映るのはきっと、孤独、と、憎しみ。
ヨミは自分を殺したがっている。けれどきっと、それ以上に『もう一人の誰か』を殺したがっているのだ。
「ねえヨミ、ヨミは誰を殺したい……」
「今日はもう終わりな。さ、サッサと森を抜けて宿探すぞ。野宿なんてまっぴらだ」
ごまかすように、私の言葉をヨミはさえぎった。なんだよ、もうふた月も一緒にいるのに、まだ私のことを信用していないのか。まだ私に秘密にし続けるのか。なんだか腹が立ってきて、私は荷物をまとめるとヨミを置いて一人で山道を歩きだす。
「レイン? おい、はぐれるぞ?」
「お構いなく! そもそもヨミが、私を心配するいわれはないでしょう」
ぴしゃりといって速足で歩く。本当に、私はガキだと思う。いまだにお父さんとお母さんを思い出して泣くこともあれば、今日みたいにへそを曲げることも多々ある。
私は十九にもなって何をしているのだろうか。
「はあ……てか、あれ?」
考え事をしながら無我夢中で歩いていたから、私は気づいたら山道を外れて森の中にいた。慌てて引き返そうにもあたりは日が暮れて道はおろか何も見えない。
どしよう、どうしよう。こんな山の中にいたら、獣に襲われてしまう。それに季節はまだ冬だ。野宿なんかしたら凍え死んでしまう。
「ヨ、ヨミ!」
私は力の限り声を上げる。いつも私は浅はかなんだ。こうやって窮地に追い込まれると私はそこで初めて自分の浅はかさを後悔する。
私は真っ暗な森を歩きながらヨミを探す。どっちから来たんだっけ、村はどっちの方角にあるんだっけ。
不安と暗闇と寒さでいよいよ目に涙がたまる。
「ヨ、ヨミ!」
がさがさがさ、と森の中の草を踏み分ける音がする。ヨミだろうか? その足音はだんだんと私に近づいてくる。どっど、と脈が早まる。
「ヨミ、なの?」
いよいよ足音は私の背後で止まり、私は恐る恐る後ろを振り返る。
「ひゃああっ!」
驚き悲鳴を上げしりもちをつけば、そこにいた人物は私を見下ろして眉を顰める。
「あんた、失礼な人だねえ。あたしを見て悲鳴を上げるなんて」
白銀の髪を持ったおばあさんだった。おばあさんは私に歩み寄ると、「立てるかい?」、そういって私に手を差し出す。私はしわだらけのその手を取るとゆっくりと立ち上がる。
とても大きくて暖かい手だった。
「あんた、ここいらの人間じゃないねえ。ああ、連れもいるのかい。どれどれ」
おばあさんは私が何も言っていないのに私の言いたいことをズバリと当てる。なんなんだろう、この人は。私は森を見渡すおばあさんの後姿をじっと見た。腰の曲がった小さな背中は、なぜか頼もしい。
「あんた、そんなにあたしをじろじろ見るんじゃあないよ。ああ、見つけた。さあ、こっちだ、行くよ」
おばあさんは私の手を握ると、小さな歩幅で、でもきびきびとした足取りで山の中を歩いていく。
数分歩けば、開けた道が見えてきて、そこにはヨミの姿もあった。
「ヨミ!」
「レイン! こんの、馬鹿!」
私はヨミのもとに走り寄る。でもヨミは、そんな私を見て怒りにわなわな震えたかと思うと、パコン、と私の頭を小気味よくたたく。痛い、殴ることないじゃないの。私は恨めし気にヨミを見上げる。ヨミはなおも怒ったまま続けた。
「お前なあ……いくら陰陽術が使えるからって、お前はまだ未熟なんだぞ? 遭難したらどうするつもりだった? 俺がどれだけ心配したか。あーもう、くそ、腹立つ」
ヨミがこんな風に感情を表したのは初めてかもしれない。私をどれだけ心配していたのか、よくわかる。……心配、してくれたんだ。
「何笑ってんだよ」
「え? ないないない! 笑ってないよ?」
私はあわてて顔の筋肉に力を入れる。心配してもらったのはいつぶりだろう。昔はよくおてんばやって、お母さんに怒られたっけ。あの頃は怒られるたびに『お母さんなんか大っ嫌い』なんて心にもないことを言って部屋にこもったっけ。懐かしい、今は良き思い出だ。
「おいおい、お嬢さんたち、痴話喧嘩は済んだのかい?」
おばあさんの声に私は我に返る。すっかり忘れていたけれど、ここまで案内してくれたのは、このおばあさんだった。
私は改めておばあさんに向き直って深く頭を下げた。
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