第7話 修行・修行・修行

 旅に出て早いものでひと月が過ぎた。私は毎日充実した日々を……


「レイン、次はこの岩を砕いてみろ」

「はあ? だってヨミ、私に何も教えてくれてないじゃない? どうやってそんなもの砕くのよ?」


 私の毎日は充実なんかしていなかった。理不尽な毎日の繰り返しだった。ようやくヨミは私にオンミョウジュツを教えてくれるようになったけれど、それはどれも感覚的なものしか教えてもらえず私は四苦八苦していた。


「だから、こう……体の力をキュッと集めて、ぼん! だよ。ほらこうやって」


 ヨミはそう言って川のそばにある岩に左手をかざす。そうして彼の左手がぽう、っと青く光ったかと思えば、直径一メートルほどの岩が派手な音を立てて砕ける。

 先ほどから何度も見ているが、わからないものはわからない。そもそもその力を何と呼ぶのかさえ危ういというのに。


「ヨミ、そもそもその力って、もとは何なの? そこからじゃない?」

「ああ、この力ね。うーん、なんだったかな。教わったのが大昔のこと過ぎて思い出せねえな」


 ヨミは顎に手を当ててうんうんとうなる。大昔って、そんな大げさな。私は呆れてため息をついた。


「大昔って言っても、たかだか数年か多くても十数年でしょう? もったいぶらずに教えてよ」

「いいや、確かかれこれもう五百年くらい前になるかな」

「五百?」


 私は驚きのあまり聞き返していた。私の聞き間違い? 五百年も生きるなんてありえないでしょ……。いやでも、ヨミのことだ、まんざらありえない話ではない。不老不死だということは、嫌でもこの目で見てきたのだ。

 それでもやっぱり、私はヨミが五百年も生きてきたものとは思えなかった。


「信じられないって顔だな。まあいい。信じる信じないはレインの自由だしな。そうそう、思い出した、確かこの力は『霊力』ってやつだ。目を閉じて、第六感を研ぎ澄ませ。その時感じた力が、『霊力』だ」


 私はヨミに言われたとおりに目を瞑る。さああ、っと川の流れる音が聞こえてきて、やがてそれは私の中の鼓動とシンクロする。その瞬間、私のおへその上あたりに、何か暖かいものを感じた。これが、『霊力』というものなのだろうか。

 私はそのおへその上の力を手に集めるイメージをする。するとおへその上から心臓を通り、そのまま肩を通り過ぎて私の左手が熱くなる。

 そっと目を開ければ私の左手が深紫に光っていた。


「青じゃない……?」


 開口一番、疑問を吐き出した。

 いつも見ているヨミのオンミョウジュツは、青色だ。呪符の時も、呪符を使わない時も、彼の左手はいつも青く光っていたというのに。失敗したのだろうか。やっぱり私は、才能がないのだろうか。


「おー、まさか本当にできるとは思わなかったな。レイン、上出来だ」

「ヨミ? だってこれ、紫色だよ。ヨミのと色が違うよ」


 私はヨミを見て疑問を投げかけた。


「ああ、そうか。言っていなかったけど、陰陽術の色は、その人によって変わるものなんだぜ? ちなみに青系統、お前の紫もそうだけど、青系統は霊力が強いやつの色だ」


 ヨミはにやりと口の端を上げる。青系統、か。紫は一応青系統には入るけど、私はどちらかというと赤系統ってイメージだな。

 私は紫色に光る左手を、直径五十センチほどの岩にかざす。爆発しろ、爆発しろと念じても、一向に岩は砕けない。


「あれ?」


 この力、どうやってものに向かって放つんだろう。私が紫色に光る左手を見て首をかしげていたら、ヨミがじれったそうに私に言う。


「ほらレイン、その力を体からはじき出すんだよ」


 ヨミの言葉に私はその光が自分の体からはじき出る様子を思い浮かべる。それと同時に、ががん! と音が響く。

 少しの砂煙が立ち込めた後、壊そうとした岩が姿を現す。ほんの少し、数十センチほど、岩がえぐれているのが見えた。

 私は肩を落とす。確かに手ごたえはあった。ヨミと同じくらい左手に力は集めたつもりだったし、実際左手の光り方は色こそ違うもののヨミと同じ大きさだった。何がいけなかったのだろうか。


「レイン、がっかりした、とか?」

「……だってまるで岩なんて壊せていないじゃない」


 私はヨミを見てあからさまにため息をついた。そんな私を見てヨミは肩をすくめると大きく息を吐く。


「そりゃ、俺だって最初はそんなもんだったよ。でも、初めてでそこまでできるのはすごいことらしいぜ? 師匠が言ってた。普通は何年も修行を積んでからじゃないと、霊力なんてまともに扱えないんだと」


 ヨミは私を見てウィンクする。あ、久々に見たな、ヨミのウィンク。でも今日のは、からかってる感じじゃなくて、私を慰めてくれているのがわかる。

 ヨミはよいしょ、と河原の岩に腰かけると、川に左手をかざす。そして彼の左手がぼお、っと光ったかと思うと、川の水が龍のように形を変えていく。


「なれるとこういう繊細な使い方もできる。この力は物を吹き飛ばすことも、操ることもできる。使いようによっちゃあ、人も殺せる」

「ヨミ……?」


 ヨミの赤い瞳が鈍い光を放っている。ころす、か。ヨミは前に言っていた。自分は『ある二人の人物』を殺すために旅をしている、と。

 そのうちの一人は、不老不死である自分自身だと聞いた。じゃあ、残る一人って、誰なんだろうか。ヨミは今きっと、その人のことを思い出してるに違いない。

 ばしゃん、龍の形を描いていた川の水が形を崩し、もとの川に流れを戻す。ヨミは川の水をにらむように見いていた。


「ヨミ……その、不老不死って、そんなに嫌なことなの? だって死なないし年も取らないなんて、普通の人間はみんな不老不死にあこがれて、研究までしてるっていうのに……」


 思ったままを口にするのは、私の悪い癖だ。ヨミはそんな私を見て眉をひそめたけどひとつ息を漏らした後、ゆっくりと口を開いた。


「大事な人が死ぬのを、俺はあと何回見届ければいい?」

「え?」

「俺より後に生まれたやつが次々に死んでいく。いくら仲良くなったって、別れの時は必ず来る。俺は何百年も人間の死を見てきた。仲がいいやつも、無関係な奴も。みんな俺を置いて死んでいく。俺だけが変わらず生きている。そうして世の中は俺を置いて変わっていく。俺はいつも、独りぼっちだ」


 ヨミは目を伏せていた。

 そうか、そうだ。私だって、両親が死んだとき、どんなに悲しかったか。一人ぼっちでセカイを生きるのは、どんなに心細かったか。ヨミはきっと、何百年もの間一人ぼっちで生きてきたのだろう。だからいつも、ふざけたように笑うのだろう。この『瞬間』の終わりが見えているから。最後は一人になることを知っているから。だからすべてを嘲り笑うのだろう。

 それでも私は、出来ることなら彼の憂いを払ってあげたいと思った。私も彼に比べれば微々たるものかもしれないけれど、独りの辛さは知っているつもりだから。


「そう、でもヨミ。『今』は独りじゃ無いでしょう。ヨミ、私が生きてる間は、ヨミを一人ぼっちにはしないから。だからせめて、私が生きている間だけは、笑ってくれないかな? ……私も、不老不死の人間を殺せる方法、一緒に探すから」

「とんだおせっかいだな……」


 皮肉交じりの言葉を吐き出したヨミの顔は、笑っていた。独りにはしない。きっと私が生きている間に、ヨミが『死ねる』方法を見つけてみせるよ。

 私はヨミの頭を乱暴に撫でた。


「な、にすんだよ?」

「いいじゃない、たまには。これからもよろしくね、ヨミ?」

「ちっ、仕方ねえからよろしくされてやるか」


 素直じゃない物言いに、私は吹き出してしまった。それでもヨミの笑顔が少しだけ、ほんの少しだけれど柔らかくなったような気がした。


「そんじゃ、修行再開と行きますか。ほら、次は川の水を動かしてみろよ」


 照れ臭かったのか、ヨミは話題をそらすように私に言う。本当に、素直じゃない。私は彼にばれないように小さく笑いを漏らした。

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