第4話 二人の旅立ち
あの後、火事のあと、私たちはまだ旅には出ずに町の宿に泊まっている。
両親からもらった財産の整理や焼けてしまった屋敷の後始末が残っていたからだ。
「はーもう、書類って面倒臭い」
「おい、レイン。もう三日も何やってるんだ? こっちは早くチャイーに行きたいっていうのに」
書類整理をする私の横で、ヨミさんは寝転がりながら私に言った。
「そう思うんなら、少しは手伝ってくださいよ」
「はあ? どこの世に弟子の手伝いをする師匠がいるよ?」
ヨミさんは相変わらず横たわったままで私に言う。この人、オンミョウジとしては尊敬できるけれど、人間としてはダメ人間なんじゃないか。
「ヨミさんって、子供っぽいですよね」
「はあ? どの口が言うんだよ?」
ヨミさんは怒ったように声を荒らげて起き上がる。
「全く。そんなの役所に任せればいいだろ?」
「いいえ、お役所に任せたらお役所の人が財産を横領するにきまってるじゃないですか」
私があきれたように言えば、ヨミさんは「なるほどね」、なんで言葉を漏らす。
「そういえばヨミさんって、なんで旅をしてるんですか?」
私は書類を整理しながらなんの気なしに聞いた。でも返ってきた言葉はあまりにも予想外なものだった。
「ある二人の人間を、殺すためだ」
「え……? ころす?」
私は手を止めてヨミさんのほうを見た。その赤い瞳は鈍く光り、どこか深い闇を見ているようだった。ぞわ、と背筋が粟立った。
この人の言っていることは、嘘ではない。この人は本当にその人たちを『殺す』気だ。私は目を泳がせて話題を探すが、やはりなにも浮かばない。
「えっと……」
「まあ、そのうちの一人は、『自分自身』なんだけどな」
そんな私を見てヨミさんはふっと笑うと、そう続けた。
「自分、自身……?」
私は視線をヨミさんに戻す。先ほどとは違い、いつものふざけた感じの物言いだった。どこまでが本当で、どこまでが冗談なのか、私にはもはや見当がつかない。
きっとこの人は、こうやっていつも物事をごまかしてあやふやにしてきたんだろう。
「そう。だってほら、レインも見ただろ? 俺は不老不死なんだ」
ヨミさんの言葉に、私はハッと思い出す。確かにあの日、両親のポルターガイストを解決した日、彼は不可解だった。
本や机、いすが彼に向かって勢いよくぶつかったのに、あろうことか彼の傷はすぐに消えていったのだ。
「ヨミさん、本当に不老不死なの?」
なおも信じられないという風に言えば、ヨミさんは私の手からペンを奪うとそれを自分の左腕につき刺した。
「ひゃ!」
それでも血は出るものの、ものの数秒でその傷はふさがっていく。や、やっぱり本当なのか。疑いようのない事実を目の当たりにして、私は再び言葉を失う。
「怖いか?」
「い、いいえ、でも、びっくりしました」
私が正直に答えると、ヨミさんはピクリと眉を動かした。
「で、でも、痛いんでしょう?」
「ああ、痛いね。お前のご両親もひどいよなあ。俺のこと、『娘をたぶらかす不埒な輩』だって言って、俺にあんなにものをぶつけてきたんだぜ? ほんと、親ばかにもほどがある。まあ最終的には俺が陰陽師だって納得して話してくれたから、俺もお前も助かったんだけどな?」
ヨミさんは軽い口調で私に言う。
「そ、そんなやり取りがあったんですか……親ばかですみません」
「全くだ」
ヨミさんはいつものおどけた、面白がるような口調で私に言う。
まだ出会って三日の付き合いだけど、この人は基本的に読めない人だということだけはわかった。
「ささ、早く書類終わらせろよ」
ヨミさんがペンを私に返してくる。私はそれを受け取って再び書類に目を落とした。
「……ヨミさんが話題そらすから悪いんでしょう?」
私は不貞腐れながらも書類整理を再開した。
何時間たっただろうか、ようやく私は書類整理を終えペンを机に置く。地味に肩がこるし手も痛い。
「ヨミさん終わりました」
私はヨミさんの方を見る。ヨミさんはうたたねをしていた。黙っていれば格好いいのに。私はヨミさんをじっとみた。そういえば不老不死ってことは、ヨミさんは何歳なのだろうか。どうして不老不死になったのだろうか。不老不死は、人間ならだれでもあこがれるものだというのに、彼は何が不服なのだろうか。
考えれば考えるほど謎の多い人だ。
私はあどけない顔で眠るヨミさんの頬をつつく。思ったより柔らかいそれになんだか笑みが漏れた。
「え、――し」
「え?」
起きてしまったのだろうかと私は彼から距離をとる。だが起きる様子はなくどうやら寝言のようだった。起こすか起こさないか迷ったけれど、後で起こさなかったことに文句を言われるのは目に見えていたので、私は彼を起こすことにした。
「ヨミさん、ヨミさん。そんなところで寝てると風邪ひきますよ?」
私はヨミさんの肩を揺するけど、ヨミさんはなかなか目を覚まさない。どれだけ熟睡しているんだとため息をついた時だった。
「ん……ゆめ?」
ヨミさんはゆっくりと瞼をあけて起き上がるとあたりを見渡す。その様子は悪夢を見た後の幼子のように見えた。可愛いところもあるんだな。
「怖い夢でも見ましたか?」
冗談半分に言ったのに、ヨミさんは私を見て顔をしかめる。
「ああ、久々にいやな夢を見た。……そうか。お前の瞳の色のせいだ」
「は?」
意味が分からなかった。私の瞳がヨミさんの夢に何の関係があるのだろうか。そりゃあ、私の目の色は少し不気味かもしれないけれど、そんな風に言わなくいてもいいじゃないか。
「ヨミさん? まあいいです。私、書類終わったので、もう出発していいですよ」
「ああ、そうか。それじゃあ、出発しますか」
ヨミさんは先ほど私に悪態をついたことなんて忘れたよに言うと、くあっとあくびをして勢い良く立ち上がる。
「それで、ヨミさん、どこに向かうんですか?」
「ああ、それな。西の果ての魔女のところだ。チャイーの国にいるらしい。まずはチャイーに向かってから聞き込みだ」
ヨミさんは伸びをしながら私に言う。西の果ての魔女、か。どんな人なのだろう。怖い人じゃないのかな。優しい人だといいな。
「西の果ての魔女さんを訪ねて、何をするんですか?」
「ん? 決まってるじゃねえか。俺の『目的』を果たすための手がかりを聞くのさ。お前の両親が教えてくれたんだ。『西の果ての魔女』が不老不死の人間を殺す方法を知ってるかもしれないって」
ヨミさんは満面の笑みで私に言う。
私にはわからなかった。死ねることがそんなに幸せなことなのだろうか。不老不死って、そんなに嫌なことなのだろうか。
「ぼーっとすんな、行くぞ」
「あ、はい」
そうして私は、ある真冬の寒い日に、故郷のイッタリの地を離れ、オンミョウジ・ヨミとの旅路へと歩き出したのだった。
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