第3話 ポルターガイストの正体

『行ってみる?』

『行ってみようか』


 そして数十分がたったころ、ようやく妖精たちは私たちのいるソファに飛んできて手すりに腰かける。


『あなたは誰?』


 男の子の妖精が私に問う。


「私はレイン。あなたは?」

『僕はサラマンドラ。あっちの子はウンディーネだよ』


 男の子の妖精はそう言うと私のそばまで飛んできて、私の肩に止まる。


「よろしくね、サラマンドラ」


 私がサラマンドラに挨拶をすれば、後を追うようにウンディーネも私の肩に止まる。


『サラマンドラ、待ってよ……よ、よろしくね、レイン?』


 ウンディーネのはにかんだ笑顔に私の心が和む。妖精ってかわいい。


「へーえ。レインお前、筋がいいとは思ってたが、やっぱり俺の目は間違ってなかったようだな?」


 ヨミさんは腕を組んでははーん、とうなる。


「筋がいい? そういえば教会でもそう言ってましたけど。それってどういう意味だったんですか?」


 私は肩に妖精たちを乗せたままヨミさんのほうを見る。


「妖精になつかれるのは、ある種の才能だよ。陰陽師に向いてるって話だ」

「私が? オンミョウジに?」


 またからかっているのだろうと思って笑って返したけど、ヨミさんは至極真面目な顔で話を続けた。


「レイン、お前はポルターガイストが起きたとき、どう思った?」

「え? うーん、確かにものが宙に浮いたりするのは怖かったけれど、私には害を与えないっていうか、ただ単に宙にものが浮いているだけだったから、逃げようとかは思わなかったな」


 私はポルターガイストを思い出す。毎晩毎晩深夜になると、家中が轟き揺れて、本や机が宙に浮いていた。だけど、それらのものが私に向かって襲ってくることは一度もなかった。本当に、浮いているだけだったのだ。

 だから私はいつもそれを無視してベッドの上でそれが収まるを待つだけだった。日が昇る前には物は元の場所に戻っていたし、家の揺れも音も気づけば止んでいた。


「そうか、じあんたお前は、ポルターガイストは悪霊じゃないって思ってるんだな」

「……はい」


 私が自信なく小さくうなづいた時だった。私の肩に止まっていた妖精たちが急に宙へ飛び上がる。


『来るよ』

『来るね』

『隠れなきゃ』

『隠れよう!』


 妖精たちの姿が目の前から消えたのと同時だった。

 がたがたがたがた。空気が轟く、家が揺れる。

 家の中のあらゆるものが宙に浮き、まるで威嚇しているかのように私とヨミさんをを取り囲んでいた。いつもとは違う様子に、私の背中に汗がにじむ。


「おうおう、やっとお出ましか。レイン、俺から離れるなよ」


 ヨミさんはそう言って立ち上がると私を背中に隠すように一歩前に出る。私も立ち上がり、ヨミさんの後ろに隠れた。


「ね、ねえ、ヨミさん。今日はなんだかおかしい、ひゃっ?」


 私がヨミさんの服をつかんだ時だった。ひゅう、っと本がヨミさんめがけて飛んでくる。ヨミさんはそれを軽々と交わす。

 あれ、やっぱりおかしい。いつもなら本が人に向かって飛んできたりしないのに。


「ヨミさん、逃げましょう」

「いーや。ここは俺一人で十分、だ!」


 ヨミさんは言い終わるのと同時に私を振り返り、思いっきり突き飛ばす。私は彼から一メートルほど離れたところにしりもちをつく。


「いたた、ヨミさ……!」


 ヨミさんを見上げれば、どかどかどか、とヨミさんの体に次々にものがぶつかる。やがてヨミさんは体勢を崩し床に膝をつく。気づけば部屋中のものが全部ヨミさんにぶつかり、ヨミさんの周りに山ができていた。

 ど、どうしよう。


「ヨ、ヨミさん!」


 私は震える足で立ち上がり、ヨミさんを山積みのものの中から引っ張り出す。すると本やテーブル・ソファは再び宙に浮いたが、どういうわけか今度は一切こちらに向かって飛んでくることはなかった。

 なんでなのかよくわからなかったけれど、とりあえず今のうちにこの家から出ようとヨミさんのほうを見る。でも私はヨミさんの姿を見て動けなくなった。


「いってーな。いくら不死身でも痛いもんは痛いんだよなー」


 ヨミさんの顔や腕には先ほどものがぶつかってできた傷やあざがあったが、それらがみるみる消えていく。

 何が起きている? なんで傷が治るんだ? そもそも不死身って、何?


「あー、レイン。驚かせて悪いな。でもまあ、片はついた」


 ヨミさんは立ち上がるとぱんぱん、と洋服をたたく。


「それじゃ、ひとつショータイムと行きますか」


 ヨミさんは陽気な声でそう言うと、どこから出したのか、先ほど妖精を出した時と同じ紙切れを手に持っていた。紙にはすでに文字が書いてあって、ヨミさんはそれを宙に向かって投げる。

 ふわりと浮いた紙きれは、部屋の中央まで来るとぴたりと止まり、やがてそこに光が見えてきた。


「なに……?」

「お出ましだ。ポルターガイストの正体だよ」


 ヨミさんは私を見てウィンクをした。だけどそんな彼のことより、私は部屋の中央の光から現れたものに目を奪われた。


「お父さん、お母さん……?」


 言葉が出ない。今目の前にいるのは紛れもなく私の父母だ。でも、色は薄く、向こう側が透けて見える。もしかして、これは霊というものなのだろうか。

 だとしたら、今までのポルターガイストは、両親のせいだったのだろうか。


「……お父さんとお母さんは、悪霊になっっちゃたの? なんでこんなことするの? 私、私は……」

「落ち着け、レイン。そうじゃない、逆だ。とりあえずここは危ない。家から出るぞ」

「え、待って。お父さんとお母さんは?」

「黙ってついてこい!」


 ヨミさんは私の腕を強くつかむと、両親の霊を置いて家の外へと走り出す。 

 なんだよ、『悪霊』じゃないって言ったのはヨミさんじゃないか。なんで悪霊じゃないのにお父さんとお母さんから逃げるんだろう。ねえ、お父さん、お母さん。なんで。


「よし、ここまで来れば、安心だ」

「安心って、どういう……」


 私の言葉途中に空に雷鳴が轟き、そのまま雷が私の家に落雷した。その瞬間、家から火が上がり、その火はすぐに屋敷全体に広がる。


「おー、古い家屋はよく燃えるねえ……お前の両親が知らせてくれなかったら、俺もあんたも丸焦げだったね」


 ヨミさんの言葉に私はハッとした。確かにあのまま家にいたら、私は死んでいたに違いない。


「言っただろ? 今回の件は『悪霊』の仕業じゃないって。つまりは、お前の両親はお前を守るために毎晩知らせに来てたってわけだ。ほら、見ろよ」


 ヨミさんは燃え盛る炎の前にたたずむ両親を顎で指す。両親は笑いながら私を見ている。


「ヨミさん、お父さんとお母さんは、ずっと私を守ってくれていたんですね」

「ああ、そうだな……最後になるだろうから、話とかしとくか?」


 ヨミさんは私を見て柔らかく笑った。


「できるんですか?」

「ああ、俺と手をつなげば、声も聞こえるし話もできる」


 ヨミさんの左手が私の手を握る。本当に、本当にお父さんとお母さんと話せるのだろうか。


「お、お父さん、お母さん!」


 こちらに向かって歩いてくる両親の名前を叫ぶ。両親は私の声に気づいたように手を振ってきた。


『レイン!』


 大好きなお父さんの声だ。


『レイン』


 お母さんの優しい声だ。

 私はそのままそばまで歩いてきてくれた両親に手を伸ばす。だけど手は空を切り、何も触れなかった。


「っ、やっぱり、死んでるんだね」


 改めて現実を突き付けられたような気持ちになる。もう、触れたくても触れることはできないのかと思ったら、途端に寂しさに襲われた。


『レイン、無事でよかった。抱きしめてあげられなくてすまない』

「そんなことないよ、お父さん」


 私はお父さんに笑顔を向ける。お父さんも眉をハの字にして笑っている。


『レイン、大きくなったわね。見違えたわ』


 お母さんの目からは涙があふれていた。


「お父さん、お母さん。私はもう大丈夫だから、心配しないで天国で幸せに暮らして?」


 うそだ。そんなこと思っていない。本当はもっともっと一緒に生きていてほしかった。

霊としてでもいい、一緒にいてほしかった。


「レイン、そろそろいいか? あんまり現世の人間と関わると霊は成仏できなくなる」

「そう、わかったよ。お父さん、お母さん、元気でね?」


 私はお父さんとお母さんに目一杯の笑顔を向けた。


「それじゃあ、悪いけどあんたたちには成仏してもらうからな。それから、『情報』をありがとう」


 ヨミさんの言葉とともに、もともと色が薄かった両親の体が透けてなくなっていく。私は見ていられなくって、ヨミさんから手を放し、うつむく。もう、両親の声は聞こえない。

 それでもやっぱり寂しくて、悲しくて、私はもう一度顔を上げて両親を見た。


『レイン、愛してる……』


 最後に消えてなくなる刹那、お父さんとお母さんの口がそう動くのが分かった。




「いつまで泣いてんだよ」

「お構いなく」


 両親が成仏してからしばらくして、町の消防隊が家の火を消しに来てくれた。それでも屋敷は瓦礫と化し、今じゃ私の唯一の家族との思い出の場所は跡形もなくなっている。私はそんな瓦礫の前でしゃがみうつむいていた。


「死のうとか考えてねえだろうな……? とはいえ、大事な人を失った辛さはわかるつもりだ。しかも思い出の品ももうほとんど残ってねえ。まあ、生きるも死ぬも、あんたの自由にすりゃあいい」

「……オンミョウジなのに死んでもいいとか簡単に言うんですね。いや、オンミョウジだから言えるのかもしれませんね。ヨミさんはいつだって霊とお話ができますもんね」


 私はうずくまったままでいう。いつの間にかあたりは日が昇り始めていて、そのせいで瓦礫が鮮明に目に映る。


「死にませんよ、私。せっかく両親に助けてもらった命ですから」


 私は立ち上がりヨミさんのほうを見る。ヨミさんは私を見ようとはしなかった。


「ねえ、ヨミさん。ヨミさんは私にオンミョウジに向いてるって言いましたよね。……私を弟子に、してくれませんか?」


 朝焼けがヨミさんの顔を明るく照らす。妙な緊張が体をめぐる。


「ああ、後悔すんなよ」


 相変わらずヨミさんは私を見てくれなかった。

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