第2話 夕食と
キッチンに立ち泣きながら夕食のメニューを考える。そういえば彼はジャポネの人間だったことを思い出す。ジャポネではどんなものを食べているのだろうか。聞いておけばよかった。
とりあえず冷蔵庫を開けてみる。普段から食事は一人だったから、あまり食材は入っていない。
「パンチェッタ、あったかな」
ガサゴソと冷蔵庫内をあされば、塩漬けしておいたパンチェッタが出てくる。いい具合に熟成されたそれをメインにすることにして、あとはスープとパスタをゆでた。
涙は、いつの間にか止んでいた。
出来上がった料理を食卓に並べ終えて、私は客間のヨミさんを呼びに行く。
「ヨミさん、夕飯、できました」
「ずいぶん遅かったな?」
ヨミさんは私を見てにたり、意地悪く笑った。なんで遅くなったのかなんて、彼が一番知っているはずなのに。なんでそんな風な言い方をするのだろうか。馬鹿にしないでよ、言いかけてやめた。この人にそういうことを言うと面倒くさいことになると思ったからだ。
「いつも手抜きだったので、料理の仕方忘れてました」
言い返すのもばからしくなって私が適当に返しても、ヨミさんは相変わらず私をにやにやと見ていた。
「なんです? 私何か変なこと言いました?」
「いいや、言ってないよ。あー、俺もう腹ペコだよ」
ヨミさんはソファの上で伸びをした後ゆっくりと立ち上がる。
「よっしゃ、じゃあ夕飯と行きますか」
そうして私がヨミさんを食卓のテーブルに案内すれば、ヨミさんはわざとらしく声を上げる。
「へぇ、ほう……」
「なんですか、言いたいことがあるならはっきり言ってくれて構いませんよ?」
私はヨミさんの向かいの席に座りながらあきれたように言う。
「そんなひねくれた取り方するなよ。あんまりうまそうだったからびっくりしただけだって?」
ヨミさんは私にそう言いながら顔の前で両手を合わせる。
「いただきます」
「いただきます?」
ヨミさんの言動に私は首をかしげる。お祈り、とはまた違うそれは初めて見るものだった。
「ああ、これ? ジャポネでは食べる前に『いただきます』って言うんだよ。生き物の命をいただくわけだからね。まあごく最近使われるようになった習慣だけど」
素直に素敵な習慣だと思った。私は彼に倣って顔の前で両手を合わせる。
「いただきます」
なんだか不思議な気持ちになった。
「なあ、これは何?」
「ああ、パンチェッタです」
ヨミさんは細い体に見合わずよく食べる人だった。見ているこっちがすがすがしくなるくらいだった。
「レイン、何笑ってるの?」
「え?」
あらかたの料理を食べ終えたころ、ヨミさんが私を見て不思議そうに言う。笑ってた? 私が?
そういえば、こんなににぎやかな食卓は、久々かもしれない。
「いえ、なんでもないです。本当に、何でもないので」
言えるはずがない。誰かと食事をするのが久々すぎて、うれしかったなんて。
「変な奴」
それでもヨミさんは、私を見透かすように笑っていた。
夕食の食器を洗い終え、私は客間へ向かう。時刻は午後十時を回っていた。
そういえばまだ、ヨミさんに『ポルターガイスト』のことを説明していない。
「ヨミさん……?」
客間に行けば、どこから見つけてきたのかヨミさんの手には私のアルバムがあった。
「見、見ないでっ!」
私はあわててヨミさんに駆け寄り、その手からアルバムを奪い取る。ヨミさんは私を見て不思議そうに首を傾げた。
「なんで見られたくないんだ?」
「そ、それは……」
私は言葉を探してうつむく。それは私とこの写真に写る両親に深い関係があるのだけれど、でもきっとそんなの言わなければわからないと思っていた。
「あんたの両親、あんたと似てないんだな」
「っ!」
痛いところを突いてくる男だ。ヨミさんを見れば至極真面目な顔をしていた。昼間の子供っぽさも、夕飯の時の意地悪さもない真剣なまなざし。
「そう、だよ。私は両親と血なんかつながってないよ。だっておかしいよね。両親は目の色がきれいなブルーなのに、私だけ深い紫だなんて」
無理やり笑顔を作って言えば、ヨミさんは申し訳なさそうに頭を掻き、深くため息をついた。なんだ、そんな顔もできるのか。私はてっきりふざけてるだけな人だと思っていたのに。
「悪い。いやなこと思い出させたか?」
「いいえ。血のつながりがなくても、二人が両親なことに変わりはないですから。それにアルバムをしまっていたのは、思い出したくないからですし」
私はヨミさんの向かいのソファに腰かけて、膝の上でアルバムを開いた。
少し色あせた写真に写るお父さんとお母さんは、笑っていた。すごく懐かしい。
「……とても優しい両親でした。でもある日、二人で出かけた旅行先で、帰らぬ人となりました。交通事故でした」
両親の死はいまだに私の心を暗闇に染める。だけど今日は、ヨミさんがいるからか、涙は出てこなかった。不思議だ。
「そう。ご両あんたお前のことすごく大事だったんだろうな」
「はい、自慢の両親です」
私はヨミさんを見て笑って答えた。ヨミさんは顔は笑ってはいなかったけれど、とても優しい瞳で私を見ていた。本当に、不思議な人だと思う。ヨミさんの瞳には、何か目に見えない力があるように思えた。すべてを見透かすような、赤い瞳。
「あ、そういえばヨミさん。ポルターガイストのことなんですけど」
「ああ、それなら大方目星はついてる。思った通り心配するようなものじゃなかったよ」
ヨミさんは頭の後ろに手を組んで天井を仰ぐ。
心配するようなもんじゃない、か。自信に満ちた物言いだけど、そもそもこの人は本当に霊などが見えるのだろうか。
「ヨミさん、その……ヨミさんは本当に霊が見えるんですか?」
「疑ってんの?」
「や、そういうわけじゃ……」
怒ったかと思ったが、ヨミさんの顔は笑っていた。
「そりゃ、最初は誰だって受け入れないわな。いいぜ、証拠見せてやる」
ヨミさんはそう言うと荷物の中から紙切れを取り出す。長方形の、長財布よりも少し小さめくらいの大きさの真っ白な紙だった。
そしてヨミさんはもう一度荷物の中に手を入れると。今度はペンのようなものを取り出す。この辺では見たことのない形だったので、もしかしたらジャポネのものかもしれない。
「ヨミさん?」
紙とペンと持つヨミさんを見て首をかしげる。何をするのだろうか。
「まあ、見てろって」
ヨミさんはペン先のキャップをとる。ペン先は毛のようなものでできている。そしてそのペンで紙切れに何かを書き出す。文字のように見えたが、私には読むことはできない。これもおそらくジャポネの文字なのだろう。
「よし、出来た。いくぞ?」
ヨミさんは書きあがった紙切れをソファの前のテーブルに置くと、その上に左手をかざす。
私が息をのんで見ていたら、ぽう、っと紙切れが光りだし、黒いインクが動き出す。
「え、え?」
そうしてその黒いインクは、かわいらしい男女の妖精のような姿へと変わりやがて宙を舞う。
「な、なにこれ? 妖精?」
「ああ。まあそんなもんだな」
ヨミさんは驚く私を見て満足そうに笑う。
『見えてるの?』
『まさか。見えないでしょ?』
妖精たちは私とヨミさんを見てひそひそと会話をしていた。その様子は愛らしく、私は妖精たちをじっと見るだけでは足りず、気づいたら話しかけていた。
「妖精さん、こんばんは?」
『見られた!』
『見られた!』
私が話しかけるのと同時、妖精たちはヒュン、と俊敏に背中の羽を羽ばたかせ、客間の本棚の陰に隠れた。あまりの機敏さに私は目をしばたたかせることしかできなかった。
「え?」
私が、何で? とヨミさんに目で訴えれば、ヨミさんは意地悪く笑って言う。
「妖精は基本的に人間嫌いだからね。話しかけたり触ろうとしたりすると逃げるんだ」
「それを早く言ってください!」
私は少し大きな声でヨミさんに言う。ヨミさんはそんな私の反応を面白がっているようで、くすくすと小さく笑いを漏らしていた。
「もう……妖精さん、驚かせてごめんなさい。私は何もしないから。出てきてくれないかな?」
妖精たちに近づくのは余計に警戒されると思い、私はソファに座ったまま本棚に隠れる妖精たちに話しかける。妖精たちはひそひそと話をしながら時々本の陰からこちらを覗いては顔をひっこめた。
次の更新予定
のろいたち〜不老不死の陰陽師の物語〜 空岡 @sai_shikimiya
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