第4話

 何となく後ろめたさがあって、淳子には話していなかった。

 食堂や廊下で市原とすれ違うことはあったが、お互い「お疲れ様です」と挨拶するだけだった。二人の関係が秘め事のようで、余計淳子に言い辛くなっていた。

 淳子の方は、営業部の守屋争奪戦を勝ち抜き、めでたく交際を始めた。

 不倫ともとれそうな市原との関係を、京香から淳子に話すことはないが、市原が守屋に話さないとも限らない。京香はそれを懸念していた。



 今回も、市原が予約していた店に行くことになった。

 前回とはまた違った、アジアンテイストのゆったり寛げるお洒落な店だった。


「市原さん素敵なお店たくさん知ってるんですね」

「そんな事ないよ。色々検索したんだ」


 市原は照れ笑いを見せた。


「飲み会だったら居酒屋にするけど、こっちから女性を誘っておいて居酒屋じゃ失礼だろ?」

「えー、全然! 私、居酒屋が似合う女ですから」

「何だよそれー」


 市原は子供のようにあどけなく笑った。

 この人は本当に、あの日の市原と同一人物だろうか。あの日市原は、悪酔いでもしていたのだろうか。

 京香の頭はますます混乱した。



 料理も酒も堪能し、市原との会話も弾んだ。

 酒には酔っていなかったが、リゾートホテルのようなこの店の雰囲気に酔ってしまいそうだった。自分に彼氏がいたとして、こんな店に連れて来てもらえるだろうか、などと考えていた。

 前回の事もあってか、市原は終始京香の体調を気にかけた。


「そろそろ出ようか」


 市原に促されて店を出た。

 贅沢なひとときを過ごせて、京香は満足していた。


 二度目の食事を終えたが、市原におかしな言動は一切見られず、京香は肩透かしを食らった。恐らく今日はこのまま電車での帰宅になるのだろう。

 不意に、思いもよらぬ感情が芽生えた。


 ――もう少し一緒にいたい。


 京香は、完璧な市原がどんな対応をするのか試してみたくなった。

 少し先にラブホテルの電飾看板が見えていた。


「市原さん……。何か急にお酒が回ってきたみたいで……ちょっと休憩してもいいですか?」

「え、大丈夫? 歩ける? ふらつくだけならタクシーで送るけど、気分悪いならどっかでちょっと座って休む?」


 市原が心配そうに京香の顔を覗きこむ。


「そこでちょっと休んでいいですか?」


 京香はホテルを指差した。


「え? いや……あれホテルだけど」

「……わかってます」


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