第5話
市原が部屋の鍵を開けた。
「わあ! すごい!!」
こんなところに来ることなど滅多にない京香は、思わずはしゃいだ言葉を上げた。
先程の店の続きのような、アジアンリゾート風の部屋だった。
京香はコートとカーディガンを脱ぎ捨て肩をさらけ出し、ワンピース姿でベッドに身体を投げ出した。
そして横目で市原の様子を窺う。
「佐々木さん、大丈夫?」
そう言って近付き、京香に軽く布団を掛けると、市原は背を向けソファーに腰かけた。
京香はそのまま、市原の後ろ姿を眺めていた。
十五分程経った頃、市原がこっくりこっくり船を漕ぎ始め、京香は呆気にとられた。
静かに起き上がり、カーディガンを羽織ると、ゆっくりと市原に近付いた。
完璧な市原の無防備な姿を京香はじっと見つめた。
「――あ! ごめん、寝てた。大丈夫?」
不意に目を開けた市原が慌てている。
「大丈夫じゃないです」
「気持ち悪い?」
「気持ち悪くはないし……酔ってもいません」
「――え?」
市原は目を見開きポカンと口を開けている。
「市原さんが何考えてるのか全くわかりません」
「……だよね。ごめん」
「え?」
思いも寄らない言葉に、戸惑いが隠せない。
「ごめんって何ですか?」
「じゃあまず、何で酔ったふりなんかしてこんなとこに誘ったのか説明してくれる?」
市原の真っ直ぐな眼差しに気圧され、京香は観念した。
「――あの日、あの飲み会の日、市原さんの言葉にすごく腹が立ったんです」
「ああ、あれだよね。浮気の……」
「そうです。私、かなり感じの悪い女だと思われてると思ってたのに、突然市原さんに食事に誘われて、何か腑に落ちなくて。しかも市原さん、あの日と別人みたいにすごくいい人だし。だから絶対何かあるって疑ってて……試したんです」
「身体張ったね~」
市原はケラケラと笑った。
「それなのに……」
「それなのに?」
市原が尋ねる。
「酔った女が目の前にいて、ホテルに誘われたっていう絶好のチャンスに、居眠りなんて始めるからビックリして――」
「それはつまり、襲ってほしかったってこと?」
市原がいたずらな表情を向けている。
「ち、違います!」
「俺、そんな事しないから」
「わかってます。……わかってました。念押しです」
「ごめんね、佐々木さん。実は俺も試してた」
「え?」
「あの飲み会の日、佐々木さんが怒ってるのわかってたんだ。だから、佐々木さんが良かった」
「え? 全然意味がわかんないんですけど……」
「佐々木さんが、浮気しない女代表として、それを俺に証明してほしかったんだ」
京香は堪らずプッと吹き出した。
「『浮気しない女代表』って何ですか? 真剣な顔して――」
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