第22.5話
赤坂密会の議論
三月の冷雨ふるう宵、赤坂の一古びた洋館の一室にて、革命を導きし首脳陣が密かに集いぬ。幸徳秋水、片山潜、山川均、ロシアより派遣せられし革命家アレクセイ・イヴァノフ、燭台の薄灯りに照らされ、互いの顔を見合わせながら議論を交わすなり。
幸徳秋水は、まず静かに言葉を切り出しける。「同志諸君、赤坂の会議にて出されし諸案、皆一理ありとはいえども、統一なき新秩序は早晩瓦解せん。我らが目指す社会とは、人民が主役たる共産社会にほかならず。然れども、農民、労働者、文化人、僧侶、学生、各々の要求を如何に調和せしむべきか、急務なり。」
片山潜、顎を撫でながら言葉を継ぎぬ。「秋水氏の仰る通り。然れども、調和といへども、あまりに多様なる意見を飲み込めば、かえって意思決定の停滞を招かん。ここは労働者階級を中心とし、全ての決定権を労働者評議会に集約せしむべきと思量す。労働者が国家を導けば、真の平等が達成されん。」
これに対し、山川均は小さく首を振り、声を低めて言ひけり。「同志片山、然らば農民の存在を如何に説明せん。日本は未だ多数が農に従事せる国なり。労働者のみに基づく体制は、農民の不満を招き、遠からず崩壊を招かん。労働者と農民が対等に議を交わし、共に国家を治める仕組みが必要に候。」
ロシアの革命家アレクセイ・イヴァノフは、微笑をたたへつつ、流暢な日本語で発言す。「諸君、ロシアの経験を見よ。我々は労働者と農民を結びつけるため、ソビエト制度を創設せり。地方ごとに評議会を設け、各地の人民が政治を直接運営することにより、中央政府は人民の意志を反映する機関と化せしめたり。日本もまた、此の制度を採用するに相応し。」
幸徳秋水は深く頷き、言葉を紡ぎける。「ソビエト制度、興味深き提案なり。然れども、此の日本において中央集権を放棄することは、各地方における権力闘争を誘発しかねぬ危惧あり。ゆえに、地方の自主性を尊重しつつも、中央の指導力を保つ折衷案を模索するが肝要かと。」
議論は次第に熱を帯び、片山潜は拳を振り上げて反論せり。「秋水氏、中央の指導力を重視せば、結局のところ権力集中を招き、独裁へと繋がる懸念あり。人民の意思を集約する中央評議会があるとしても、最終的には人民自らが自治を行うことが理想と信ず。」
山川均もまた声を高めぬ。「いや、それこそ理想主義に過ぎん。日本は多様性を持つ国なれば、各地の利害を調整する機関なくして統治は困難なり。中央評議会の存在は不可欠にて候。」
議論は深夜に及び、時に激論となり、沈黙に包まれる瞬間もありぬ。やがて、幸徳秋水がゆっくりと立ち上がり、冷静なる声にて締めくくりぬ。「諸君、我らは一つの理想を共有する同志なり。明日より暫時、ソビエト制度を参考にしつつも、地方自治と中央統治の調和を図るための具体案を練り上げん。此の議論は一時のものにあらず。新たなる日本の礎を共に築かん。」
かくして、一夜にして結論を見ることは叶わざりしも、信念を胸に秘めたる同志たちは、再びの議論に臨むべく、各々の道を戻りぬ。
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