欲望のゆくえ

@rabao

第1話 欲望のゆくえ

私は物心つくまでは、多分興味すら持っていなかったはずだ。


初めてそれに興味を覚えたのは、まだ幼かった頃だった。

テレビでやっている魔法少女に憧れて、何度もおねだりをしてようやく手に入れた変身グッズ。

私は、その中に入っているステッキよりも、紫色のプラスチックがついたおもちゃの指輪から目が離せなくなった。

ひと目見た時から、自分の身体にはなくてはならない物のように感じて、肌身離さずに身に着けた。

隣に住んでいた女の子に自慢気に見せびらかしていたようだが、その部分の記憶はない。

ただ、その指輪が自分を大人に変身させてくれたような気持ちは、今でも覚えている。


小学校の上級生に上がった頃に、母親にお願いして都会のデパートに連れて行ってもらった。

小さい頃から貯めておいたお年玉をすべて使って、小さな石のついたネックレスを買った。

長い時間悩んで、迷って、選んで決めた色と、大きさと、輝きだった。

それは、私に選ばれるのをずっとずっと待っていた。

私の分身そのものに思えた。

学校に行くときも、洋服の中にしまって毎日つけた。

無くなってしまわないように、体育の時間も絶対に外さなかった。

男の子達が、体操着から覗くチェーンの輝きに興味を覚えて、私を密かに見つめていることも知っていた。

お風呂に入る前にそのことを考えながら鏡をみる、裸になった自分の少し尖った蕾の胸に輝くネックレスをうっとりと眺める。

クラスメート達に求められている快感が、裸の私の中を突き抜ける至福の瞬間だった。



中学生になってからは、休みの日には母親の化粧品を使ってみたりしていたが、高校生になって友人たちと一緒にメイクを覚えていった。

この頃は、美しさが仲間内での会話の中心だった。

髪を茶色く染めて、アルバイトをして可愛い洋服も手に入れた。

怖かったが、皆の真似をしてホチキスのような機械で耳たぶに穴をあけた。

二個目の穴を開ける時は、勢いで開けた一回目とは異なる恐怖心で手が震えた。

休日にしかつけられなかったが、ふるふると揺れながら輝きを放つイヤリングを耳に開けた穴に通した。


おんなの魅力が男たちを夢中にさせ、その恋心が手に取るように分かった。

そんな男たちをからかうのが、あの頃は何よりも楽しかった。

鏡の中の私は成熟し盛り上がった乳房は手のひらですくえる程に成長していた。

イヤリングの揺れる輝きが、私の艶かしくゆったりと、しなをつくる動きに興を添える。

世界中から愛されるアイドルがさらす、美しい痴態のように見えて一人で興奮した。



大学に入ってお洒落に磨きがかかり、それに合わせて出費が増えていった。

ついにクレジットカードの支払いが間に合わなくなった。

実家から離れて自由を得ていたので、親に言って自由を奪われるのは絶対に嫌だった。

高校時代の友人がアダルトビデオに出演していたり、現在の友人が性風俗店で働いたりもしていたので、私自身も性に対する垣根が低かった。

また、地元ではないことも私を後押しした。

友人に誘われるままに風俗店で働き出すと、あっという間に大金が手に入った。

おじさんに抱かれるのは抵抗があったが、慣れてしまえばおじさんは金に見えたし、若者よりもおじさんのほうが楽だった。

大学では少しアルバイトのことを知られていたため、私に気がある男たちが来店することもあったが、友人たちも似たようなものだったのでさして気にもならなかった。

私の指にはいくつかの指輪が輝き、ネックレスも新しいものに変わっていた。

時計に合わせたブレスレットも、大学生には見えないほどの輝きを放っていた。


卒業して一般企業に勤めたが、初任給はあの頃の3日分にも満たなかった。

友人の何人かは、再度風俗店の扉を開いたが、私は将来を見据えてこの一流企業での出世を目指した。

残念ながら出世は出来なかったが、真面目で出世のできそうな旦那を捕まえた。

贅沢は出来なかったけれども、二人の女の子にも恵まれてキラキラとした毎日だった。

その頃は、小学生の時にお年玉で買ったネックレスを宝石箱から出して使っていた。

娘達から、「ママ、それ素敵。」と言われるのも悪くなかった。


娘が小学校に上がる頃には経済的に余裕も生まれ、入学式のときに着物に合わせたエメラルドの帯留めを新調した。

深い色味の中の透明感が私の心に、宝石へのあこがれを再燃させた。

母が亡くなり、母がこんなにたくさんの宝石を持っていた事に驚いたが、センスが古いので、いつかリニューアルさせようと思い、大事に宝石箱に並べてある。

義母が亡くなった時には、流石に向こうの娘の手に落ちたが、もっともらしい理由をつけてきらびやかな宝石をいくつか手に入れた。

お葬式では黒真珠、結婚式では宝石をあしらった髪飾り・・・。

イベントごとに増えていく宝石は、生活のゆとりの中で輝きを増していった。


久しぶりにすべての宝石を身に着けて、鏡の前でうっとりと自分の胸を口元にあてがい舌を伸のばす。

興奮して上気している私の身体を、ドアの隙間から夫がこっそりと覗いていることは知っている。

腰に絡めた宝石を、伸ばした指先でそっとひろげて揺らして魅せた。

ゆっくりと誘うように、おんながおとこを思うがままに動かしていく。



年を重ねた病室のベッドの上で、私はしわだらけで美しさはなくなっていたが、可愛らしい微笑みをたたえながらにこやかに娘達を見つめることが出来た。

かつての自分を見るかのように、私のつきかけた命を目指して娘たちの争奪戦が始まっていた。

もう、さほど宝石に興味はなかったし、必要ではなかった。

娘が喜ぶなら与えればよかった。


私が消えた日に、醜い亡者達によって身ぐるみを剥がされ、むしり取られていった。

三途の川を渡る前に、我が子達によって自分のすべてを剥ぎ取られる。

今はそれで良いと思えるし、そうしてくれないといけない。


この世のすべてを捨てなければ、本当の美しさにはたどり着けない。



思い返してみれば、美しさの総量は常に一定だった。

生まれたばかりの私は、何も身につけていなくても十分すぎるほどに回りを振り向かせた。

子供の頃はおもちゃの指輪で皆が私に微笑みをくれた。

宝石の数が増えて輝きを増すのと、私の衰えていく魅力は数学のグラフのように一定だった。

唯一、子供を生んで育てていた頃だけは、赤ちゃんの光を一緒にもらっていたように、私の魅力は溢れていたように思う。

年を重ねて誰にも憎まれずに、可愛く美しく笑える様になると、自然と宝石は離れていった。


最後に残った神器から離れた私は、悟りを体感できるほどにピカピカと美しく輝いていた。


ピカピカの私は、今、仏に導かれて神にお目通りを許される。

神との会話の中で、次の神器が与えられ、私は転生をする。


この肉体の器を手に入れたことで、もう神にお会いする事は出来ない。

だが、もう一度欲望の扉を開けることが出来る。

握りしめた紅葉の手の中には、まだ何も入ってはいない、この世を掴み取る意思だけが込められている。

次の人生で何を掴むかは分からない、掴み取るものが大きいほどに神とは離れるが、人生での満足は大きくなる。

最後にはすべて捨てていくものだが、十分満足してから再び神と会って楽しい報告をしたい。


前世の記憶も、神との会話もすべてが消えていく。


私の扉よ・・・、開け。



明るい部屋に笑顔が溢れた。

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