第2話
あの日の出来事から数日。俺は学生寮から実家へと戻っていた。
卒業し、家へと戻ってきた俺は、実家の手伝いに精を出す毎日だ。
あれから彼女はどうなったのか? 何というか気にはなっていた。
そもそも彼女が主人公に対して嫌がらせをしていたのが原因、というのがゲーム内での理由だった。
ただ、彼女に関する話はそれでおしまいだ。どう断罪されたとか、詳しく描写されていないので仕方ない。正直興味もあまり……。
(俺も熱心にゲームしてた訳じゃないしな)
俺には元々、乙女ゲーをプレイする趣味は無い。
学生時代、実家で一緒に暮らしていた姉がこのゲームのファンで、男の視点での感想が聞きたいと無理矢理やらされただけに過ぎないのだ。
「って、ゲームはもう終わったんだよ。王子のルートはあれがクライマックスだしな」
舞台はあくまでも学園。その学園生活が終わった以上、せっかく思い出した知識なんてなんの価値もない。
「……ま、もう過ぎた話だ」
なんて言いながら、俺は家の仕事の為に身支度を開始するのだった。
◇◇◇
その日の午後、俺は領主である親父の命令で「農作物に被害を及ぼしている魔物」の調査をするために領地内の山へと向かっていた。
山道を歩くたびに、風の匂いや木々のざわめきが心を落ち着けてくれる。
しかし、その日は何かが違っていた。
ふと、風が止み、周囲の静寂が不気味に感じられる。
「……何か、変だな」
足を止め、目を凝らすと、遠くの茂みの中からかすかな音が聞こえる。
その音に耳を澄ませると、女の悲鳴――。
「助けて――!」
俺は反射的に駆け出し、木々をかき分けながら音のする方向へと向かっていった。
そして目の前に現れた光景に一瞬、その足が止まった。
その女性は、背後の大きな岩に背をつけ魔物たちに囲まれていた。
数匹の異形の獣が彼女を捕らえようと牙をむき、そして前進している。
彼女は必死に後退りながらも、いくつかの傷が肩や腕に出来てしまっていた。
「くそ……!」
頭の中でアレコレと考える暇もなく、俺は駆け寄りっては素早く魔物の一匹に剣を突き立てる。その刃が腹に食い込み、魔物は苦しみながら倒れ込む。
「ちっ……! 邪魔なんだよお前らは!」
魔物達の攻撃をかわす。俺はすぐに反撃した。
剣を突き出し、魔物の胸元に命中。その獣は呻き声をあげて地面に崩れ落ちた。
次々と襲い来る魔物に、俺はひたすら身をかわしては斬りつけ、仕留め続けた。
そしてようやく周囲の魔物が全て倒される。周囲に静寂が戻り始めた。
俺の息が荒く、剣を握った手が震えている。
ふと視線を下ろすと、女性は無力に膝をついて血だらけの手をだらりと下げていた。
「……あんた、大丈夫か?」
声をかけると、彼女はびっくりしたように顔を上げる。
そして少し遅れて、強張った表情で答える。
「あなた……なぜ……?」
「は? ……!? お前は!!」
その時になってやっと気づいた。この女、傷だらけで服もボロボロになってるせいか分からなかったが……アリシアじゃないか!?
その瞳に、驚きとともにわずかな疑念が浮かんでいる。
彼女が何を考えているのかわからない。俺自身、この状況が全く理解出来ないのだから、それを察するなんてとても無理だ。
だが、なんとか冷静に言葉を続けた。
「た、助けに来たんだ。俺だって、あんな奴らにお前がやられるのを見過ごせるわけないだろ? ここは実家の領地だしな。でもまあ、まさか元同級生がとこんな所で感動の再開とは……思わなかったがな」
そう言って、俺は手を差し伸べる。
アリシアは少し躊躇ったが、静かに手を取ってくれて立ち上がった。
彼女の顔には、今まで見たことのない表情が浮かんでいる。
感謝、安堵、そして――どこか複雑なもの。
(でも、なぜ……こんな場所に?)
その疑問は俺の中で渦巻いたまま、答えを見つけられないままだった。
その後は二人で山を下り、俺が領地に戻る準備をする間もアリシアは黙ってついてきた。
何も言わず、ただ静かな足取りで。
その無言の時間が、妙に心に重くのしかかるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。