俺が転生したこの世界が乙女ゲーだと気づいたのは、目の前で婚約破棄される悪役令嬢を偶然見てしまってからだった~嵌められた彼女の為に本当の悪役令嬢を成敗しに行きます~

こまの ととと

第1話

「この婚約は破棄とする!」


 煌びやかなシャンデリアが吊り下がる中央に、彼はいた。豪華絢爛な衣装を身に纏い、不敵な笑みを浮かべているのはこの国の王子。そして彼に見下ろされているのは――侯爵家の令嬢であるアリシアだった。


「何ですって……?」


 アリシアは目を見開き言葉を失った。突然の出来事に周囲も騒めき出す中、彼女は震える手で口元を覆ったのだった……。


 そんな状況を見て、傍観者を気取っていた俺の脳に凄まじい衝撃が走った。


(お、俺はこの光景を知っている……!?)


 そしてその瞬間、前世の「俺」の記憶が全て蘇った。

 会社に消費されきった人生の終わり、仕事帰りにトラックに跳ねられ、二十代半ばで死んでしまった。


 俺は今までこの乙女ゲームの世界で二度目の人生を歩んでいたのだ。

 子爵家のクラウス・リンドールとして。


(何故このタイミングで前世の記憶を……? まさか、この場面に立ち会ったからか!?)


「アリシア・フォンテーヌ! 貴様の愚行は許し難い、婚約者など虫唾が走る!」


 言い過ぎだろ。


 とも思うが、この台詞もまたゲームで聞いたのとまったく同じだ。

 最早疑いようが無い、ここは記憶にある乙女ゲーム……それに近い世界だ。


 主人公と良い関係になった王子が、主人公がアリシアに嫌がらせを受け続けたと知ってこの流れになったんだっけか?


 婚約者がいるのに余所の女を好きになるなよ。

 とも思うが、そこはゲームの攻略対象だし。


 アリシアを紛糾してる王子――エドワード・フォン・アルトハイム。


 乙女ゲームの攻略対象キャラであり王太子である彼は、主人公とロマンチックな関係を築き、物語を彩る存在だった。

 事実、その情熱的な感情に任せて婚約者を断罪する姿がそこにあった。


 主人公視点だと感動的なんだろうが、傍から見るとそうでもないな。

 仮にも王子の態度か? あれが。正直品性を疑う。


(このままゲームと同じ展開になりそうだな)


 エドワードの言葉により場はさらにざわつき始め、周囲の貴族たちの視線が冷ややかさを増していく。


「……そのようなこと、ここで公然とおっしゃるのですか?」


 しかし当のアリシアは動揺しながらも、その瞳に誇りを宿したまま毅然と顔を上げた。

 唇を震わせながらも強い口調で返す姿勢は正直カッコいい。


 だがそんな彼女の強がる姿に感心しつつも、先の事を考えると少し可哀そうにも思えてくる。

 彼女の未来は、このままでは破滅する。


(この後は無茶苦茶な理由で追放処分だったか? 本当にそうなるのか知らないが、今までのようには生きられないだろう。そして誰も彼女を助けようとはしない。当然、下手に巻き込まれたくないからだ。そして、それは……)


 俺も同じ。


(俺はあくまでもモブ……ヒーローじゃない。原作で名前も出てこない、その辺の令息でしかないんだ。巻き込まれるつもりはない――ただ、それだけだ)


 良心は痛むが、実際俺には王族に立ち向かう力は無い。

 あくまでも子爵家の男でしかない俺は、むしろ媚びへつらう側の人間。


 エドワードの声が響き渡る中、俺は胸糞が悪くなりつつも、会場を抜けようとしていた。


 その瞬間、視界の端に誰かが動いた。


 ――あれは、主人公か?


 エドワードの隣に寄り添うように現れた彼女――セシリア・ハートレイ。

 控えめな微笑みを浮かべながら、周囲の貴族たちを軽く一瞥している。その様子はまさにゲームで描かれていた「理想のヒロイン」そのものだ。


 ゲーム中でその全身が映る事は基本的に無いが、公式サイトなどで描かれていた姿にソックリだから間違いないだろう。


「殿下、どうかその辺りでお許しください。アリシア様が悪意を持ってあのような行動をしたとは思えません。ただ、彼女の立場や考えに誤解が生じたのではないでしょうか?」


 これもゲームで聞いた台詞だ。あんな声なんだよな。

 主人公に声優はついて無かったから、そこはちょっと感動した。


 ……もういいだろう。俺は足早に会場を出て行った。


(折角の卒業パーティーだったんだが……、気分も冷めた思いだ)


 学園の卒業パーティー。

 俺達はこの学校で学んだ日々に思いを語らいながら、世間へと旅立つ。


 そんな日にあんなもんを見せられるとはな……。


 外へと出れば夜風がちょっと冷たい。春先の気候はまだ体にキツいな。


「会場に居るよりマシだが」


 愚痴りながらも、待機しているはずの迎えの人間の元へと歩くのだった。


 この夜が、その後の俺の日常にどう影響を与えるのかなんて……この時点では全く考えもしていなかった。 

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