第2話 田代真奈と再現箱(2)
「……え? ど、どういうこと?」
しどろもどろになりながら、何とか返事をする。コンビニで声をかけてきた黒いシャツの男の子はよく見ると、下校途中に話しかけてきた子とかなり似ている……ような気がする。
「再現箱だよ、使ったんだろ? もう体験したんだろ、あの箱の力が本物だって」
胸がどきどきしてきた。息も苦しい感じがする。あの箱のことはあえて秘密にしてたわけじゃないし、迷惑をかけるようなこともしていない。それでもわたしは、何だか悪いことをしてしまったような、そしてそれがバレてしまったときのような気持ちになった。
「別に俺様はオマエを責めてるんじゃないぜ。ただ、また使うんだろう? よーく考えて使えよ」
男の子はわたしに近づき、ささやくようにこう言った。そして、そのままわたしを通り過ぎてコンビニの出口の方へ歩いて行ってしまった。
「箱を使えば……。そうだ、今回は何も考えずに使ったから、バスが止まっちゃったんだ。今度はもっとよく考えて、誰にも迷惑がかからないようにしよう……!」
わたしはさっとコーヒーを手に取るとレジで会計を済ませた。車に戻って、お父さんが「ありがと……ってこれ微糖じゃんか。」なんて言うのも右から左で、わたしは「再現箱」の上手い使い方ばかり考えていた。
◇ ◇ ◇ ◇
美緒ちゃんが転校してから2回目の日曜日。今日、もう一度「再現箱」を使うと決めていた。期限を決めないといつまでも考え込んでしまうからだ。
美緒ちゃんのいない日々は、思っていたほど寂しくなかった。というのもわたしが「どうすれば人に迷惑をかけずに美緒ちゃんと再会できるか」ばかり考えていたから。集中しすぎて、寂しさを感じる余裕もなかったのだ。
朝9時。朝ごはんを食べて少し読書して、頭がスッキリしたところでいよいよ「思い出」を書き始める。
大事なのは、人に迷惑がかからなければいい、ということ。美緒ちゃんとの思い出をよーく思い返しているうちに、あることに気づいた。
もし、また美緒ちゃんと遊ぶことを願えば、また誰かに迷惑がかかってしまうかもしれない。それならこうすればいいんだ。
はじめ、わたしは美緒ちゃんを見ているだけだった。ただずっと、遠くから眺めているだけ。話しかけたり、遊んだりはしない。この思い出なら、きっと誰にも迷惑はかからない。
わたしは紙に「もう一度 美緒ちゃんの顔が見たい」と書き、再現箱に入れた。1年生だったあの頃。話しかけたくても話せなかった、あの憧れともどかしさが混じったような気持ちを、はっきりと思い描きながら入れた。入れてしまうと、ふしぎな満足感があった。
もしかしたらもう一度会えるかもしれないし、少なくとも写真くらい送ってもらえるだろうという計算だ。わたしは次の誕生日にスマホを買ってもらう約束だし、きっと美緒ちゃんももう持ってるだろう。ああ、早く効果が出ないかな。
やるべきことを終えたわたしはそわそわしてきた。じっとしていられず、美緒ちゃんと遊んだ人形のセットを出してみたり、美緒ちゃんに書くための便箋セットを買いに行ってみたりして、日曜の朝を過ごした。
家に帰ると、玉ねぎがあめ色になるときの匂いがした。きっと今日のお昼はハンバーグだ。急きょ、美緒ちゃんが家に来ることになったあの日と同じメニュー。きっと今頃、再現箱の効果があらわれているに違いないと思った。
「いやあ、やっぱりママの作るハンバーグが一番だね」
お父さんはソースのついた口を拭いながらこう言い、お母さんは笑顔で応える。テレビはお昼のニュースをあれこれと話し続けている。
もうすぐ美緒ちゃんに会える。そう思うと、このなんてことない日常が、とてもステキなものに思われて、気づけばわたしも笑顔になっていた。
その時、アナウンサーがこんなことを言い始めたのだ。
「F県H市在住の佐々木真美さん27歳と、娘の美緒ちゃんの行方が分からないとして、警察が捜査を開始しました。佐々木さんが住んでいるアパートの近隣住民は、当番組のインタビューに『元夫の佐々木義信さんが何らかの形で事件に関与しているのではないか』と答えて……」
「そんな、どうして……。神様……」
テレビに映し出された美緒ちゃんの笑顔は、私の思い出の中にいる彼女そのものだった。
◇ ◇ ◇ ◇
「じゃあ、絵馬ちゃんよろしくぅ〜」
閑静な住宅街にある、庭付きの戸建て。黒いシャツを着た少年がその家の外壁にもたれながら絵馬に何かを書き込むと、黒いもやが立ち上った。それはおぼろげに馬の形を成し、窓の隙間から家の中に入り、放心状態の女の子に近づいていく……。
「悪いな。これも俺様たちの夢のためには仕方ねえんだ。そんじゃ、次の仕事に取りかかるとしますか」
少年はどこへともなく駆け出し、やがて街の喧騒に消えていった。
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