ボーイ・ミーツ・ガールズ

形霧燈

ボーイ・ミーツ・ガールズ

太陽が眩しい春の朝。俺は、通学路を歩いていた。いつもの角を曲がる。

「ちこくちこくー!!」

その高い声が聞こえた次の瞬間、

――やわらかい何かが俺の顔にぶつかった。


目の前で、長い黒髪の少女が尻餅をついている。近くに食パンが落ちている。

大きな瞳がまばたき、端正な顔の頬が染まる。

セーラー服のスカートがめくれていた。

「スケベ!見たでしょ!?」


スカートの向こうに見えたのは――

銃。


AK-47を改造した銃身が伸びる。

こいつは【転校生】だ。


瞬時に学ランの内ポケットからデザートイーグルを取り出し、セーフティをオフに切り替える。銃弾が俺の頬を掠めた。

【転校生】は弾道を避けるように、塀に飛び上がる。

「えっち!」スカートをはためかせながらの乱射。防弾学ランで吸収しきれない衝撃が左肩を襲う。右足が数秒、使い物にならなくなる。ナノマシンの治療が追いつかない。構わず肉薄する。

「なあ、好きなやついるか?」俺はいつものように聞く。

「は?」


12.7mm弾が奴の眉間を貫いた。塀の向こうに、ぐちゃっ、と崩れ落ちる。

史上89959体目の【転校生】破壊、と校章型端末が告げた。



――【転校生】。俺たちは、奴らと戦い続けてきた。

東京中空の要塞が送り続ける、機械人形の呼称。高度な機動力と攻撃力を有する。画像生成AIのように、架空で別個の女子高生のボディ・フレームで量産される。

人類は、はじめ一方的に蹂躙された。悲惨だったのが、群衆に紛れ込んでの唐突な虐殺だ。


ただひとつ、奴らには対策の余地をうむ特徴があった。必ず最初は高校周辺に出現し、高校生と認識できる人間を優先的に交戦目標とするのだ。

そこで国は、少数の高校を改造し前線基地・兼・限定的戦場とすることを超法規的に決定。高校生に似せ、筋力や反応速度や回復力をナノテクで増強した軍人たち――つまり俺たち――が、迎え撃つことになった。一般人を巻き込まないために。


だが、【高校】に勤め続けられる者は限られた。【転校生】の情報処理器官は、人間の脳だったからだ。奴らは、最初期の大虐殺で亡くなった人たちの脳を、天然のローコストかつ高性能のCPUとして再活用し、フレームに組み込んだ。飛び散る脳漿が教えるその事実だけでなく、人間らしさと戦闘プロトコルが混在する振る舞いに打ちのめされ、脱落する者も多かった。



【保健室】での輸血が済んで【教室】に入る。制服姿の軍人たちが待機する様子は、さながら本物の高校の休み時間。

隣の席のナカノ少尉が話しかけてくる。【転校生】と見分けるため、彼女は軍御用達の迷彩柄シュシュで髪をまとめている。

「タケダ中尉、自分まで壊さないでね」

「よくあるドジッ娘型に苦戦した俺が悪い」

「あのタイプ強いよ。中尉もう今月10体目かー」

少尉は、通学バッグにぶら下げた勲章をなでる。「一人で成果独占しないでね」

スカートの裾からベレッタM92FSがのぞいた。


戦いは続く。

89967体目。満開の桜の下、可動地雷を排出する【お嬢さま型】を屠った。

89972体目。チョークの代わりに散弾銃で自己紹介をはじめた【素直クール型】を壊した。


89994体目。屋上にて【ヤンデレ型】を協力して撃破したあと、ナカノ少尉はマガジンを交換しながら聞いてきた。

「毎回、接近戦するよね。なんでそんな戦い方続けるの?」

「……やらなきゃいけないことがあるんだ」

「それ、戦ってるとき言う変なことに関係してる?」

俺は答える代わりに、曖昧に笑った。



そして今。俺の前に、90001体目の【転校生】がいる。教卓を介し一対一。奴の足元には、男性軍人の死体。

匿名的な美少女の唇が左右に裂け、狂気じみた笑顔になる。舌の位置でデリンジャーらしき銃が伸びる。嗚咽のように放たれた銃弾は、俺の頭をかすめ窓の強化ガラスで跳弾。火花を散らす。

俺はデザートイーグルで応戦しながら聞く。

「なあ、好きなやついるか?」


すると、狂態に似合わない声で――

「タカシから言わないと言わない!」


――ああ、やった!ついに見つけた!

癖のあるイントネーション、いつものじゃれあい。

もう一度お前に会うために、戦い続けたんだ……。


流血も激痛も厭わず、駆け寄り、抱きしめる。


舌の銃身が、俺の唇に正対する瞬間、

――こめかみに銃口が届く。最短で彼女の脳を穿てる部位。引金が錆びついたように重い。



「もう君を殺人者にしない」



側頭葉を狙って撃つ。

「「「あんたたからあいわわわはじめてのでえとおおぉ遊園地交流交戦贈与おぉたかしいいぃぃぃ」」」

壊れた機械音声が教室に響いた。


「俺の彼女は、幼馴染だったんだ。殺されたのは、恋人になった翌日だった」

俺は、殺した奴を憎む。脳を抉り改造した奴を憎む。アレシボ天文台の発信にジャパニーズ・コミックを入れた奴を憎む。文化と文化の途方もない隔たりを憎む。

でも、憎しみを合わせたよりずっと、俺は彼女が好きだったんだ。


「さよなら」

赤黒い物質が四散し、机と黒板を無秩序に染めた。

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