第8話
第8話:最期の選択
玲奈は自分が何をしているのか、もう分からなかった。陽一との関係が壊れていくのを見つめながら、彼に対する思いが自分の中でどう変わっていったのか、理解することができなかった。最初はただ、傷つけられたくないという一心で距離を取っていたはずだった。それが、今やまるで無力な心の隙間を埋めるような、依存とも言える感情に変わっていた。
それでも、玲奈は自分に言い聞かせる。「もう、これ以上傷つかないように」と。
陽一の顔が頭に浮かぶと、胸が締めつけられる。あの日、彼に言われた「ごめん、玲奈」――その言葉が、いまだに耳から離れなかった。その後、彼からは何も連絡が来なかった。結衣との関係は、ますます深まり、彼の心が玲奈に向けられることはもうないのだと感じていた。
それでも、玲奈は逃げられない。
次の日、キャンパスで偶然、陽一と顔を合わせた。彼はクラスの後ろの席で、他の学生と話している。玲奈が目を合わせると、陽一もちらりと彼女を見た。しかし、すぐに目を逸らす。
その瞬間、玲奈の心に冷たい波が押し寄せた。彼は、もう玲奈を見ていないのだ。
その後、陽一はそのまま友人たちと去り、玲奈は一人で図書館に向かう。心の中で、何度も陽一に言いたかった言葉があふれた。けれど、何も口に出すことができない。結局、何も言わずに日々が過ぎていく。彼の目線が、すでに自分には向けられていないことが、何よりも痛かった。
夕方、玲奈の元に予想外の連絡が届いた。
それは、千紗からだった。
「今、会おう。」
内容は短かったが、玲奈にはその意味がすぐに分かった。千紗が、また何かを仕掛けようとしているのだと。彼女が玲奈に対して抱えている嫉妬心や、操ろうとする力を無視しては、この関係は終わらない。千紗がどれほど玲奈を引きずり込もうとしているのか、玲奈はそのことを痛感していた。
玲奈はそのまま、千紗との約束の場所に向かうことに決めた。彼女との対話が避けられないことは分かっていた。
カフェの角の席に座っている千紗の顔を見つけたとき、玲奈は息を呑んだ。彼女の目には、いつもと違う冷徹さが宿っている。その目で玲奈を見つめると、千紗は少し笑みを浮かべた。
「来たんだ。」千紗は軽く手を振ると、向かいに座るように誘った。
玲奈は無言で席に着く。千紗が、何を言いたいのかを予感していたからだ。
「玲奈、あなたはどうしてそんなに陽一に執着するの?」千紗は、問いかけるような口調で言った。その声には、明らかな皮肉が含まれていた。
「執着してない。」玲奈は冷静に答えるが、その言葉に裏付けはなかった。心の奥底では、陽一を放っておけない自分がいることを知っていた。
「じゃあ、何? 彼に振り回されてるだけ?」千紗は一歩踏み込んでくる。「あなた、本当に自分の気持ちがわからないんでしょう?」
玲奈は、言葉を失った。千紗の言葉が突き刺さるように響く。陽一を愛しているのか、それともただの未練なのか、その答えが自分の中で見つけられなかった。
「私だって、陽一を愛している。」千紗の目が一層鋭くなる。「でも、彼は私を選ばなかった。あなたが言っていたように、彼はもう私に未練はない。だからこそ、私は今、あなたに話しているんだ。」
その言葉を聞いた瞬間、玲奈は心の中で何かが決まったように感じた。千紗が言う通り、陽一はもう自分を選ばない。結衣の元に戻り、過去の痛みから逃れようとしている。自分に何を期待しても無駄だと、玲奈はようやく理解した。
「じゃあ、どうすればいいの?」玲奈は無力に尋ねた。
千紗は冷静に答える。
「陽一のことはもう諦めなさい。私が言いたいのは、それだけだよ。」彼女の表情は、まるで命令するようなものだった。
その瞬間、玲奈の中で何かが静かに壊れた。彼女はもう、陽一にこだわる理由を持たない。ただ、目の前の現実を受け入れなければならない。
玲奈は深く息を吸い、そしてついに言った。
「分かった。陽一とは、もう終わりにする。」
その言葉を口にした瞬間、玲奈の心はすこし軽くなった。だが、それと同時に、胸の中に残った空虚感がどんどん広がっていった。自分が何を選んだのか、これが正解だったのか、確信は持てなかった。それでも、今は前に進まなければならない。
「これで、あなたと陽一との関係も終わるんだね。」千紗は冷静に言った。
玲奈はその言葉に、ただうなずくことしかできなかった。
その後、玲奈は千紗と別れ、帰り道を歩いていた。心は空っぽだったが、少しだけ楽になった気がした。陽一を諦め、千紗の言う通りに進んでいくことを決めた。
それが、本当に正しい道なのかどうか、まだ分からない。それでも、今の自分にはその選択しかできなかった。
その晩、玲奈は再び孤独な夜を迎えた。
そして、心の中で新たな決断をする。「もう誰にも頼らない。自分だけで生きていく。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます