第7話

第7話:崩壊の予感


玲奈の心は、すでに壊れかけていた。陽一との関係が完全に冷え切ったわけではないが、何もかもが中途半端で不安定だった。彼からの連絡は依然として途絶えることなく、時折届くメッセージには、どこかしら他人行儀な冷たさが感じられる。最初はそれが耐えられた。しかし今、玲奈はその冷徹さに恐怖を覚えるようになっていた。


それでも、玲奈は自分を強く持とうとする。大学では、クラスメートとの関係を保ち、表面的には普通の学生生活を送っている。しかし、心の中では、陽一への思いと、彼が結局どうして自分に対して態度を決められないのか、どうして結衣と完全に決別できないのか、疑問と不安が渦巻いていた。


その日、玲奈はキャンパス内でふと足を止めた。目の前に立っていたのは、陽一だった。彼は一人で歩いていたが、すぐに玲奈の存在に気づき、立ち止まる。目を合わせた瞬間、玲奈の胸が激しく鼓動を打った。


陽一が口を開く。


「玲奈。」


その声に、玲奈は言葉を詰まらせた。


「元気だった?」陽一は少し照れくさそうに言ったが、その目にはどこか冷めた輝きがあった。彼の言葉に、玲奈はもう以前のような温かさを感じ取ることができなかった。


「まあ、なんとか。」玲奈は淡々と答える。心の中では、陽一との距離がますます広がっていくのを感じていた。彼と目を合わせるのが怖い。彼の目の奥に、もう玲奈を見つけられないのではないかと思ってしまう。


陽一が一歩近づき、何か言おうとしたその時、後ろから足音が近づいてきた。二人は振り向くと、結衣がそこに立っていた。彼女は少し息を切らしながら、玲奈と陽一を交互に見た。


「ちょっと、話があるんだけど。」結衣は玲奈に向かって言った。


玲奈は一瞬驚いたが、すぐにその意味が分かった。結衣は、陽一との関係を巡って、玲奈に何かを言いたかったのだ。


陽一が困ったように顔をしかめる。結衣と玲奈がこうして顔を合わせるのは、これが初めてではなかったが、どこか空気が違っていた。


「何か?」玲奈は冷静を装いながらも、心の中では激しく動揺していた。


結衣は少しの間、黙ってから口を開いた。


「あなた、陽一に近づきすぎよ。」結衣の言葉は冷たく、刺すように響いた。「彼にはまだ私が必要なの。あなたが思ってるよりも、もっとね。」


玲奈はその言葉に反応できなかった。結衣の目は鋭く、まるで自分が何も知らずに無邪気に関わろうとしているように感じられた。しかし、何も言わずにその場を立ち去るわけにもいかない。


「でも、もう終わったんでしょ?」玲奈は力を振り絞って言った。自分が彼女の言葉に負けたくなかった。


結衣の表情が一瞬だけ曇ったが、すぐにその隙間を埋めるように笑顔を作った。


「あなたがどう思おうと関係ないわ。」結衣は言った。けれど、その声には微妙な震えが感じられた。


玲奈はその瞬間、何か大きなものが崩れていく音を聞いたような気がした。結衣は陽一を完全に手に入れようとしている。玲奈が手を伸ばしても、陽一をつかみ取ることはできない。それが目の前で明確に示された瞬間だった。


「それでも…」玲奈は心の中で呟いた。自分を正当化するために言葉を探しながらも、結局何も出てこなかった。


陽一がその場に黙って立っていた。玲奈がその視線を感じると、胸の中で怒りと悲しみが一気に湧き上がる。


「陽一。」玲奈はついに言った。声は震え、彼に対する気持ちが抑えきれなくなった。「あなたがどんな気持ちで私に接しているのか、もうわからない。でも、私はもうあなたを信じられない。」


陽一がその言葉にどう反応すべきか迷っているのが分かる。彼の目は一瞬だけ玲奈の顔を見つめ、すぐに結衣に視線を戻す。そして、ほんの少しの間、何も言わずに立っていた。


「ごめん、玲奈。」陽一がようやく口を開いたが、その声はやはり無力だった。「でも、今はまだ…」


その言葉を聞いた瞬間、玲奈は心の中で何かが壊れる音を感じた。彼の未練、彼の未熟さ、すべてが痛いほど伝わってきた。陽一は結局、玲奈を選ばなかった。いや、選べなかったのだろう。


玲奈は深く息を吸い、そして振り返りもせずにその場を立ち去った。結衣も陽一も、その背中に何も言えなかった。


その日は、まるで終わりのような一日だった。玲奈は一人で帰り道を歩きながら、今後の自分の行動がどうなるのか、予感していた。彼女は陽一を選ぶことはないだろう。しかし、その代わりに、どこかでまた傷つけられることを覚悟していた。


そして、その夜、玲奈の心には新たな決断が芽生えていた。自分を守るために、誰も傷つけず、誰にも傷つけられない場所に向かう決心が。けれど、それが何を意味するのかは、まだ分からなかった。

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