第6話

第6話:終わらない呪縛


玲奈は、陽一と結衣のことが頭から離れなかった。夜、ベッドに横たわりながら、スマートフォンの画面を見つめる。陽一からのメッセージは一度も届かない。結局、今日も彼は自分を無視したのだろうか。それとも、ただ何も言いたくないだけなのか。


心の中で彼に対する疑念が膨れ上がっていた。陽一の行動、言葉すべてが不安の種になり、次第にそれは玲奈を圧迫するものとなった。


その日の昼過ぎ、玲奈は千紗とキャンパス内を歩いていた。千紗はいつもと変わらぬ笑顔を見せていたが、その笑顔の裏に潜む冷徹な意図に、玲奈は気づいていた。彼女の言動のすべてが、玲奈を試しているように思える。


「玲奈、陽一と何かあったの?」千紗が不意に尋ねてきた。玲奈は答えるのが怖くて、言葉が喉に詰まった。しかし、千紗はその沈黙を見逃さなかった。


「やっぱり、何かあるんだ…」千紗はにっこりと笑いながら言った。「でも、気をつけた方がいいよ、玲奈。陽一にはまだ結衣がいるんだから。」


その言葉が、玲奈の胸を締め付けた。心の奥底で、何かが崩れそうになっていた。彼女は千紗に向き直り、「もう、それやめて」と言うつもりだった。でも、口から出たのは、違う言葉だった。


「結衣と、陽一はまだ会ってるの?」玲奈は、千紗の目を見つめた。千紗の微笑みが、さらに不気味に感じられる。


「どうしてそんなこと気にするの?」千紗は冗談めかして言ったが、その声にはどこか裏があるように聞こえた。「でも、正直に言うと、結衣と陽一はずっと前から、まだつながってるみたいよ。結婚を前提に付き合ってたくらいだから。」


その言葉が、玲奈の心に深く突き刺さった。陽一と結衣。結婚を前提に付き合っていた。何度もその事実を頭の中で反芻した。彼が自分に接してくれる理由は、結局ただの一時的なものだったのかもしれない。それが、次第に玲奈の中で確信に変わりつつあった。


その後、玲奈は一人でキャンパスを歩いていた。彼女は、陽一の顔を思い浮かべながら、胸の中で自分に問いかけた。


「どうして、私を傷つけるの?」


その時、視界の端に陽一の姿が映った。彼は、結衣と並んで歩いている。二人の姿は、まるで昔のままのようだった。結衣は陽一に向かって何かを話しているが、陽一は少しだけ顔を背け、あまり興味を持っていないように見える。しかし、玲奈の心はそれだけで冷たく凍りついた。


陽一は気づかなかったのだろうか。玲奈がそこにいることに。彼が彼女を見た瞬間、何も言わずに会釈でもしてくれたなら、少しは安心できたかもしれない。しかし、陽一はただ、結衣と一緒に歩き続けた。


玲奈はその場を離れ、心の中で沸き上がる不安と怒りを必死で押さえ込んだ。もし、陽一が自分にもう興味がないのだとしたら、どうしてこんなに気になるのか。その答えは、もう分からない。分かりたくなかった。


その夜、陽一からメッセージが届いた。


**「ごめん、今忙しいんだ。落ち着いたら連絡する。」**


その言葉に、玲奈は震えた。何度もそのメッセージを読み返すうちに、心の中で彼を完全に信じることができなくなっている自分を感じていた。


次の日、大学の帰り道、玲奈はふと思い立って陽一に電話をかけた。何も考えずに、ただ不安を解消したくて。


「もしもし?」陽一の声が電話越しに聞こえてきた。冷静な声だった。


「…どうして、結衣と会うの? まだ、彼女と続けてるの?」


しばらくの沈黙が流れた後、陽一が静かに答えた。「結衣とのことは、もう終わったと思ってる。でも、彼女には何かしらの責任も感じてるから。」


その言葉に、玲奈は胸が詰まるのを感じた。「責任?」とだけつぶやく。


「玲奈、俺は君のことが好きだ。だけど、結衣との関係が完全に終わったわけではない。まだ整理できていないんだ。」陽一の声は少し震えていた。


その瞬間、玲奈はすべてを理解した。陽一は、結衣に未練があり、玲奈に対してはただの一時的な感情でしかなかったのだ。彼は何も間違っていなかった。彼がすべてを整理し、前に進むために必要だったのは、ただ時間だけだった。


「分かった。」玲奈は静かに言った。その声には、もはや涙も感情もなかった。心の中ではすべてが冷え切っていた。


電話を切った後、玲奈は目の前に広がる街並みをぼんやりと見つめていた。自分がこれからどうすべきなのか、どこへ行けばよいのか、全く分からなかった。


その晩、玲奈は再び千紗と顔を合わせた。千紗はその時、玲奈の顔をじっと見て、「どうだった?」と尋ねた。玲奈は何も答えず、ただ小さく笑った。


「何も変わらなかった。」その言葉が、玲奈の胸をさらに締め付けた。


陽一も、結衣も、そして自分も。すべてが無意味に思えた。玲奈の心には、もう何も残っていなかった。

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