第5話
第5話:破滅の始まり
玲奈は、陽一との関係がどんどん複雑になっていくのを感じていた。最初はただの友達だと思っていた。でも、日々が過ぎるうちに、彼との距離が近づいていくことが怖くなり始めていた。陽一の言動、そして結衣とのことが頭の中で絡み合い、すべてが不安定になっていった。
その日の午後、玲奈は学内のカフェで千紗と話していた。彼女はあまりにも落ち着いていて、逆にその冷静さが玲奈を不安にさせた。
「玲奈、大丈夫?」千紗がカップを手にしながら言った。彼女はその顔に無理をしたような笑顔を浮かべている。
「うん、大丈夫。なんで?」玲奈は無理に笑ってみせた。しかし、千紗の目には、玲奈がどれだけ疲れているかが見えているのだろう。
「陽一とのこと、まだ迷ってるんでしょ?」千紗は突然、鋭く言い放った。その言葉に、玲奈は驚いて顔を上げた。
「え? そんなこと、別に…」
「玲奈、正直に言いなよ。あなた、陽一のことを気にしてるんでしょう?」千紗は微笑んでいたが、その目はどこか冷たく感じた。「でも、それは危険だと思うよ。」
玲奈の心が一瞬、凍りついた。千紗の言葉の中に、何か深い意図があることに気づき始めていた。彼女は玲奈のことを心配しているふりをして、何かを企んでいるのではないか? そんな予感が胸に広がっていった。
「千紗…?」玲奈は小さく呼びかけた。千紗はわざとらしく首をかしげて、「どうしたの?」と答えた。
「陽一のこと…本当に気にしてるの?」玲奈はその問いに、少しだけ強い口調で返した。千紗の目が一瞬だけ鋭くなり、そしてすぐに普通の笑顔に戻る。
「もちろん、友達だし、気になるわよ。だけど、あんたがもし陽一に振り回されるようなことになったら、どうするつもり?」千紗はそう言いながら、じっと玲奈を見つめた。その視線は、まるで自分の思い通りに進めようとするかのような圧力を感じさせた。
玲奈は心の中で何かが叫んでいた。このままじゃいけない。千紗は親友だと思っていたけれど、どうしても彼女の言動に違和感を感じずにはいられなかった。どうしてこんなにも玲奈に対して干渉するのか。その理由が、次第に明らかになるような気がしていた。
その夜、玲奈は陽一と一緒に歩いているとき、ふと千紗の言葉を思い出していた。陽一は、いつものように無理に笑顔を作っていた。だが、何もかもがうまくいかないような気がして、玲奈は心が重くなるのを感じていた。
「陽一、最近、結衣と会ったりしてるの?」玲奈は何気なく尋ねてみた。彼は驚いたように顔を上げ、少し間を置いてから答えた。
「結衣…?」陽一の声には、微かな動揺が見えた。「いや、最近はあまり会ってないよ。ただ、時々連絡が来るだけだ。」
玲奈はその言葉に、心の中で小さなひっかかりを感じていた。だが、それを問い詰めることはできなかった。陽一が過去を背負っていることは分かっていたし、彼が結衣と完全に縁を切っているとは思えなかった。しかし、その事実を確認することで、どれだけ自分が傷つくのかを考えると、胸が苦しくなるのだった。
次の日、千紗が再び玲奈に接近してきた。彼女の表情はいつもよりもさらに冷たく、どこか計算高いものを感じさせた。
「玲奈、少し話せる?」千紗は突然そう言った。玲奈は少し警戒心を抱きながらも、「うん、何?」と答えた。
「陽一とどうなりそうなの?」千紗は唐突に聞いてきた。その言葉が、玲奈の心をざわつかせた。
「どうって…」玲奈は言葉を詰まらせる。「まだ何も…」
「そう。」千紗はしばらく黙っていた。やがて、少しだけ肩をすくめるようにして続けた。「でも、あんたが陽一と一緒にいることで、結局結衣が困るんじゃないかって思って。」
その言葉に、玲奈は何も言えなくなった。千紗がなぜそんなことを言うのか、その意図がよく分からなかった。結衣との過去があるから、玲奈が陽一に近づくことを千紗が嫌っているのか。それとも、もっと別の理由があるのか。
「気をつけて、玲奈。」千紗は最後に、どこか冷たい目で玲奈を見つめた。その瞳には、何か不安を掻き立てるようなものがあった。
その日の夜、玲奈は家に帰ると、すぐに陽一からのメッセージが届いていた。**『ごめん、今日も結衣と会った。』**その一行だけで、玲奈の心は完全に壊れた。陽一が結局、結衣にまだ未練があることを知り、彼女はただ静かにスマホを握りしめていた。
何も言えない。もう何も信じられない。心の中で、やり場のない怒りと悲しみが渦巻いていた。
その夜、玲奈は自分の心が深い闇に引きずり込まれていくのを感じた。そして、その闇の中で、もう一度陽一を信じることができるのか、それとも完全に諦めるべきなのか、答えが見つからないまま眠りについた。
彼女の中で何かが壊れ始めていた。
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