第4話
第4話:過去の影
玲奈は、図書館の隅で結衣と陽一の会話を目撃したその瞬間、心が凍りついた。結衣の言葉は、まるで玲奈を無視するかのように、陽一に向けられていた。
「陽一、あんた、あたしをどうするつもりなの?」
その声は、まるで針のように刺さった。玲奈は体が硬直し、ただ目を伏せるしかなかった。結衣と陽一の関係がまだ続いているのではないか、そんな不安が胸に広がっていく。
結衣が陽一に近づき、手を軽く触れた。それが何かを意味しているのだろうか。玲奈の視界がぼやけ、頭の中で疑念が渦巻いた。二人のやりとりが終わると、結衣は不機嫌そうに図書館を出て行った。陽一はそのまま静かに席に戻り、何もなかったかのように本を開いた。
玲奈はその光景を見守るしかなかった。陽一に声をかけるべきか、それとも何も言わずに帰るべきか――その選択肢が目の前で揺れ動いていた。
「玲奈…」
陽一が名前を呼ぶと、玲奈は驚いて顔を上げた。陽一の目には、何も隠しきれない葛藤が見えた。まるで何かに追われているかのような、その痛々しい目に、玲奈は言葉を失った。
「ごめん、突然…。結衣とのこと、気になるだろうけど、あれは…ただ、少し昔のことなんだ。」陽一は言葉を選びながら、玲奈を見つめた。
玲奈は黙って頷くことしかできなかった。あの会話は、ただの過去の残骸なのだろうか。それとも、陽一と結衣の関係は、まだ終わっていないのだろうか。
「気にしなくていいよ。」玲奈は、自分でも驚くほど冷静な声で言った。「私は、あなたの過去に干渉するつもりはない。ただ、今、ここにいるあなたを見ているだけ。」
陽一はしばらく黙った後、少し肩の力を抜いて言った。「ありがとう。でも、玲奈には関係ない話だと思ってたんだ。」
その言葉に、玲奈の心は少し軽くなった。だが、同時に心の中にもう一つの疑念が芽生え始めていた。もし陽一が結衣と完全に切れていないのであれば、彼が自分に向ける感情は、本物なのだろうか。
その晩、玲奈は何度も陽一の言葉を思い出した。『過去のこと』という言葉が頭の中で繰り返されるたびに、胸が締め付けられるような感覚に襲われた。陽一にとって結衣は、ただの過去の影なのか。それとも、未練が残っている存在なのか。
玲奈は気づいていた。陽一が過去を引きずっていること、その傷を引きずっていることを。でも、それを認めたくなかった。彼が抱える暗い過去が、どんなに深くても、彼と一緒にいたいという気持ちは強くなっていた。
その翌日、玲奈はまた陽一と図書館で顔を合わせることになった。陽一が来る前に、少し早めに席を取り、本を広げて待っていた。すると、陽一が顔を出すと同時に、別の人物が一緒に現れた。それは、千紗だった。
「玲奈、こんにちは。」千紗はにっこりと微笑んで近づいてきたが、その顔には明らかな不快感が浮かんでいた。
「こんにちは。」玲奈は笑顔を作るが、その瞬間、千紗の視線が陽一に向けられたことに気づいた。
陽一は千紗に軽く会釈をし、すぐに席に着いた。玲奈は千紗と目を合わせながらも、その違和感に気づかないふりをした。千紗が何か言いたそうにしているのは、わかっていたからだ。
「玲奈、昨日のこと、気になってたんだけど。」千紗がゆっくりと切り出す。
「昨日?」玲奈は驚いて答える。「何かあった?」
千紗は小さく笑ってから、わざとらしく言った。「いや、ただ、陽一くんが結衣と会ったこと。気にしないでね。でも、結衣ってちょっと怖いから。気をつけた方がいいよ。」
玲奈はその言葉に動揺しながらも、表情を崩さないように努めた。「ありがとう、千紗。でも、私のことだから、心配しなくても大丈夫。」
千紗の目がほんの少し鋭くなる。その瞬間、玲奈は千紗がただの親友でないことを感じ取った。彼女は何かを隠している。そのことが、どこか不安を呼び起こす。
陽一の方を見ると、彼は本を読みながら、静かに集中しているようだった。しかし、何度もちらちらと玲奈と千紗を交互に見るその視線に、玲奈は胸が締めつけられる思いがした。陽一が何か隠している気がしてならなかった。
その日の帰り、玲奈は一人で歩きながら考え込んでいた。陽一の過去が、どんどん自分に迫ってきている気がした。結衣とのこと、千紗との微妙な関係、そして陽一が見せる心の隙間。それらが一つの大きな波となって玲奈を飲み込みそうになっていた。
「私は、どうしたらいいんだろう。」玲奈は自分に問いかけた。
そして、その答えが見つからないまま、彼女は家へと向かって歩き続けた。
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