第3話
第3話:裏切りの予感
玲奈は陽一と一緒に過ごす時間が増えるにつれ、少しずつ心が動かされていくのを感じていた。彼の冷たい表情と静かな沈黙は、最初こそ不安を呼び起こしたが、今ではその静けさに安心感すら覚えていた。陽一の心の奥底には、まだ誰にも見せたことがない傷があるのだろうと思うと、無意識にその痛みを共有したいような気持ちになった。
今日は、図書館でグループワークの準備をすることになっていた。玲奈は少し遅れて到着したが、陽一はすでに一人で作業を始めていた。彼の集中した顔を見ていると、なんだか声をかけるのが怖くなった。自分が邪魔をしているような気がして、しばらくは黙って彼の隣に座った。
「遅くなってごめん。」玲奈が小声で言うと、陽一は顔を上げ、いつも通りの冷静な目でこちらを見た。
「大丈夫だよ。始めたばかりだから。」
その一言が、玲奈にとってはどこか温かく感じた。彼が話すたびに、少しずつ心が軽くなる気がする。陽一の言葉には、無駄なものが一切なく、優しさと冷徹さが同居している。その矛盾が、玲奈を引き寄せる理由なのかもしれない。
二人で作業を続ける中、玲奈はふと、陽一が何かに悩んでいるような気がした。時折、彼の目が遠くを見つめ、言葉を詰まらせることがあった。そのたびに、玲奈は何も言えず、ただ彼の横顔を見守ることしかできなかった。陽一には何かを隠しているような、そんな気配があった。
その日、グループワークが終わった後、玲奈が帰ろうとしたとき、偶然にも千紗と出くわした。千紗は普段から明るく、誰とでも打ち解けることができるタイプだったが、その日の彼女の表情はどこか険しかった。
「玲奈、ちょっといい?」千紗は急に声をかけてきた。
「うん、何?」玲奈は立ち止まり、千紗を見つめる。
千紗は少し間を置いてから、低い声で言った。「陽一くんと、最近すごく仲良くしてるみたいだけど…、あんまり深入りしない方がいいんじゃない?」
玲奈はその言葉に驚いた。千紗の顔には何とも言えない複雑な表情が浮かんでいた。その表情を見た瞬間、玲奈の胸に不安が押し寄せてきた。
「どうして?」玲奈は冷静を装いながら尋ねる。
千紗は少し躊躇い、そしてため息をつくように言った。「陽一くんは過去に、すごく大切な人を失ったんだよ。彼、そういう過去を抱えているから…今は誰とも深く関わらない方がいいと思う。」
その言葉が胸に響いた。玲奈は黙って千紗を見つめていた。千紗の言うことが本当だとしたら、陽一が何かを隠しているのはそのためだろうか。しかし、玲奈はその瞬間、心の中で強く思った。どんな過去があっても、陽一と向き合いたい。彼の痛みを少しでも分かち合いたいと。
「ありがとう、千紗。でも、私は自分の気持ちに従って行動するよ。」玲奈は静かに答えた。
千紗は少し驚いたような顔をしたが、それでも無理に説得しようとはしなかった。「そう…分かった。でも、気をつけて。」
その後、玲奈は一人で帰路に着いた。千紗の言葉が頭の中で何度も繰り返される。陽一が過去に何を失ったのか、それを知りたいと思う気持ちは強くなる一方で、彼の心の奥深くに踏み込むことが怖くもあった。
その夜、玲奈は寝室で何度も携帯を見た。陽一からのメッセージは、今日も来ていた。
**『今日はありがとう。作業助かった。』**
玲奈はそのメッセージを見つめながら、心の中で決心した。陽一にもっと近づきたい、その気持ちが強くなる一方で、何か大きな障害が彼の心の中にあることも感じ取っていた。それでも、彼を知りたいと思う気持ちが勝った。
次の日、玲奈は陽一に会うために図書館へ向かった。彼の目が少し優しさを含んでいるように見えるとき、玲奈は心の中で答えを探していた。彼の過去を知ることは、彼を理解するために必要なことなのか、それとももっと深く傷ついてしまうことになるのか。
その答えを見つけるために、玲奈は一歩踏み出さなければならない。だが、その踏み出した先に、予想もしない裏切りが待っていることを、彼女はまだ知らなかった。
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午後、玲奈は図書館で陽一を待っていた。陽一が来ると、何気ない挨拶の後、二人は静かに作業を始めた。しかし、突然、隣のテーブルで声が聞こえてきた。それは、結衣だった。陽一の元彼女だ。
結衣が少し怒ったような顔で、陽一に話しかけている。その声は、玲奈の耳にも届く。
「陽一、あんた、あたしをどうするつもりなの?」
その言葉に、玲奈は一瞬で凍りついた。目の前で繰り広げられる、思いがけない光景に、彼女の心は一気に乱れた。
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