第2話
第2話:近づく影
春の温かな風がキャンパスを吹き抜ける午後、玲奈は図書館の隅のテーブルで黙々とノートを取りながら、ふとした瞬間に目を上げた。グループワークで決められた課題について意見を交換する時間が近づき、周囲がざわめき始める中、玲奈の心はひどく落ち着かない。
最初、陽一がどんな人間なのか、彼の冷たい目線に惹かれる理由が分からなかった。けれど、彼との会話を重ねるごとに、玲奈の心は少しずつ温かくなるのを感じていた。陽一はどこか孤独で、彼が放つ沈黙の中に触れることで、玲奈は逆に自分の痛みを忘れることができる気がしていた。過去の傷がどんなに深くても、彼と一緒にいる時だけは、その痛みを気にせずにいられるような気がした。
「玲奈、こっちこっち!」
千紗が元気よく手を振って近づいてくる。彼女は、普段から非常に社交的で、誰とでもすぐに打ち解けるタイプだった。だが、その明るさが時折、玲奈には圧倒的に感じられることがあった。
「何かあったの?」玲奈は千紗を見つめながら、あえて素っ気なく言う。
「なんでもないよ。ただ、あなたと一緒にランチしようと思って。」千紗は少し不安そうに玲奈の顔を見つめたが、すぐに笑顔を取り戻して、「あ、でも今日は、陽一くんとも一緒に話したいんだよね?」と言った。
その言葉に玲奈は心の中でため息をつく。千紗が陽一のことを気にしているのは分かっていたが、わざわざその話をする必要があるのかと、少し不快に思う。しかし、彼女の言動にはどこか無邪気な魅力があり、玲奈はそれに簡単に引き寄せられてしまう。
「じゃあ、いいよ。」玲奈は軽く肩をすくめ、千紗の提案に応じる。
その後、3人はカフェテリアでランチを取ることになった。陽一はいつものように無口で、目を合わせることなく食事を進めている。ただし、その姿には、どこか玲奈に対して無関心というわけでもないような、微かな違和感を感じさせるものがあった。
「最近、グループワークどう?」千紗が陽一に話しかけた。陽一は一瞬、考え込むような顔をしてから、ゆっくりと答えた。
「まあ、普通かな。君たちはどうだ?」彼の声は冷たく、どこか遠くを見つめているようだった。その沈黙が気まずく、玲奈は自分が発言することに躊躇していた。
そのとき、千紗が少し焦った様子で言った。「ねえ、玲奈、あの課題でさ、陽一くん、すごく詳しいんだって。絶対に頼りになるよね。」
その言葉に玲奈は内心で驚く。千紗が陽一をわざと褒めるような言い方をするのは、何か意図があるように思えた。しかし、その意図が何であるのかは、すぐに分からなかった。千紗はまるで陽一を引き寄せようとするかのように、玲奈に言葉を投げかけ続ける。
「そうだね。」玲奈は軽く頷くと、陽一の方をちらりと見る。彼は何も言わずにただ黙って食事を続けているだけだ。玲奈はそんな陽一の姿が、少しだけ寂しげに見えた。
その晩、玲奈は自分の部屋で一人、宿題をしていたが、どうしても頭の中から陽一の顔が離れなかった。彼が見せる無表情な顔、その冷たい目線。それらの一つ一つが、玲奈の心に引っかかる。しかし、ふとした瞬間に、陽一と過ごす時間が心地よく感じる自分がいた。
そのとき、携帯が鳴る。画面を見ると、それは陽一からのメッセージだった。
**『明日、グループワークの準備があるから、図書館で待ってる。』**
玲奈はそのメッセージをじっと見つめた。心の中で何かが動いた気がした。陽一がこんな風に連絡してくるのは、初めてのことだった。彼の言葉には、少しだけ温かさが感じられた。
「明日、どうしよう…」
玲奈は携帯を握りしめ、少しだけ迷った。それでも、結局は陽一に返信を送ることにした。
**『了解。』**
その後、玲奈はしばらくそのメッセージを見つめながら、再び心の中で揺れる気持ちを押し込めた。
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翌日、玲奈が図書館に向かうと、すでに陽一が一人で机に向かっていた。彼の姿を見ると、無意識のうちに胸が高鳴った。陽一は普段と変わらず無表情だが、その横顔に何かしらの哀しみが滲んでいるように見えた。玲奈はその横顔を見つめながら、彼がどんな人なのか、少しずつ知りたくなっていた。
「おはよう、陽一くん。」玲奈が声をかけると、陽一はゆっくりと顔を上げ、無感情な表情で言った。
「おはよう。」
その一言だけで、玲奈は心の中で小さく息をつく。それは、彼との距離がどれだけ遠くても、わずかながら近づけた気がした瞬間だった。
だが、どこかで不安がよぎる。陽一との距離感を、千紗が気にしていることに、玲奈は薄々気づいていたからだ。その不安が、玲奈の心をますますかき乱していく。
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