第31話 星々が繋ぐ道⑥
冷たい風が雪原を横切り、観測台の古びた石壁を吹き抜ける。星空が雲間から現れ、その瞬間、アナスタシアは観測台の中心に立って星図を広げた。膝の上に置かれた星図が、北極星と幾つかの星々の配置と完全に一致している。父が残した暗号の最後の鍵が、今ここで開かれようとしていた。
「これが…父が示したもの。」
彼女は手にした装置のスイッチを押した。それは、光の反射を利用して星の動きを記録するための古代の天文学的装置だった。
装置のレンズが夜空を捉え、星の光が観測台の内部を照らし始める。その光が石壁に刻まれた文字や星座を鮮やかに浮かび上がらせ、観測台全体がまるで星空そのものに包まれているかのようだった。
その時、観測台の入り口から冷たい声が響いた。
「これ以上、君の好きにはさせない。」
アナスタシアが振り返ると、そこにはエリアスが立っていた。剣を握ったその姿は、闇夜の中で凛々しくも冷酷に映っている。背後には教会の兵士たちが控え、松明の炎が彼の表情を不気味に照らしていた。
「エリアス…。」
アナスタシアは装置を守るように立ち上がり、星図を胸に抱きしめた。
「君はいつまで無駄な足掻きを続けるつもりだ?」
エリアスが一歩ずつ近づきながら言う。「星図が示す真実など、人々には必要ない。秩序が崩れるだけだ。」
「それでも…真実を隠すことは罪です!」
アナスタシアの声が観測台に響く。「科学は混乱を生むのではなく、新たな未来を作り出す力です!」
エリアスは目を細め、剣を構えた。「君の父も同じことを言った。だが、その結果、彼はどうなった?君をこの危険な道に追いやっただけだ。」
「父は…間違っていませんでした。」
アナスタシアはエリアスをじっと見据え、震える声で言った。「彼が命を懸けて守った星図が、これほどの力を持っている。それを知った今、私は絶対に諦めません!」
エリアスの表情に、一瞬だけ迷いが浮かぶ。しかし、その迷いを振り払うように彼は剣を振り上げた。
「ならば、その覚悟を試させてもらう。」
その瞬間、観測台の装置が光を反射し、星の動きを壁一面に投影した。星がゆっくりと動き、地動説を示すように見える光の軌跡を描き始めた。その光景は、科学の真理をまざまざと示すものだった。
「これが…父の追い求めた真実。」
アナスタシアは涙を浮かべながらその光景を見つめた。
エリアスもまた、剣を振り下ろす手を止め、投影された星々の軌跡をじっと見つめていた。その瞳には、かつて彼が星を愛した頃の憧れと葛藤が浮かんでいる。
その時、観測台の入り口からジョゼフの声が響いた。
「まだ間に合ったみたいだな!」
血まみれで傷だらけのジョゼフが、短剣を片手に兵士たちを押しのけて現れた。その姿は見るからに限界に近かったが、彼の目にはまだ闘志が燃えている。
「アナスタシア!真実を守れ!星図を信じるんだ!」
ジョゼフは叫ぶと同時にエリアスに向かって突進した。
「お前…!」
エリアスは剣を構え直し、ジョゼフの攻撃を受け止めた。
二人の剣と短剣が激しくぶつかり合い、その音が観測台全体に響き渡る。その間に、アナスタシアは装置の最終的な記録を完成させるために集中した。
装置が星々の動きを記録し、最終的な結論を導き出した。それは、地動説を確実に裏付けるデータだった。アナスタシアはそれを星図に書き込みながら、涙を流した。
「これで…父の夢が叶った。」
彼女は星図を握りしめ、静かに呟いた。
ジョゼフとの戦闘の最中、エリアスの剣がピタリと止まる。投影された星々の光景が、彼の心を揺さぶっていた。
「これが…君の信じた真実か。」
エリアスは剣を下ろし、アナスタシアに向き直った。その瞳には、冷たさよりも迷いが浮かんでいる。
「エリアスさん…。」
アナスタシアが小さく呟いた。
「私にはまだ分からない。」
エリアスが静かに言った。「科学が秩序を崩すのか、それとも未来を創るのか…だが、今ここでその真実を壊すことはできない。」
そう言うと、彼は剣を納め、兵士たちに退却を命じた。
エリアスが去った後、ジョゼフは崩れるように地面に倒れ込んだ。その顔には安堵の笑みが浮かんでいる。
「これで…お前さんは次に進めるな。」
ジョゼフは弱々しく呟いた。
「ジョゼフさん…!」
アナスタシアは彼の手を握りしめた。
「気にするな。俺はここで役目を終えるだけだ。」
ジョゼフは目を閉じ、最後の力を振り絞って言った。「星図を守れ。それが、お前さんの使命だ。」
彼の言葉に涙を流しながら、アナスタシアは頷いた。そして、星図を胸に抱きしめながら、夜空を見上げた。
観測台を後にしたアナスタシアは、星図を手に新たな旅路へと進む。父の夢を守り抜いた彼女は、星々の語る未来を追い続けることを決意する。
次回予告
彼女の旅はまだ続く。星々が語る真実を未来へ繋げるため、新たな一歩を踏み出す。
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