第30話 星々が繋ぐ道⑤

観測台の中、アナスタシアは壁に刻まれた文字を必死に読み解こうとしていた。薄暗い空間で息を潜める中、遠くから聞こえる雪を踏む足音に、鼓動が高鳴る。


「ここにいたか。」

低く響く声が空気を裂いた。入り口から現れたのはエリアスだった。黒いマントをまとい、その瞳は鋭くアナスタシアを射抜くように見つめていた。


「君がここにいると分かっていた。」

エリアスは静かに歩み寄りながら言った。彼の声は冷たく落ち着いているが、その足音がアナスタシアの心に重くのしかかる。


「星図を渡せば、君の命は保証しよう。」

彼の言葉に、アナスタシアは背中を壁に押し付けるようにして一歩後ずさった。


「渡しません。」

震える声でそう答えると、彼女は星図を抱きしめた。「これは父が命を懸けて守ったものです。真実を隠そうとする教会には絶対に渡しません!」


エリアスは短く鼻で笑った。その笑みには嘲りと苛立ちが混じっている。


「君の父は愚かだった。そして、その愚かさを君が引き継いでいるだけだ。」

彼は冷たく言い放った。「星図を守るために命を捨てる価値があるとでも思うのか?」


「命を懸ける価値があるから、父は…!」

アナスタシアが反論しようとするが、次の瞬間、その言葉を遮るように彼女は問いかけた。


「ナディアさんはどうなったのですか?」

アナスタシアはエリアスをじっと見つめた。彼女の瞳には怯えと怒りが入り混じり、涙が浮かんでいる。


その名前に、エリアスは一瞬だけ表情を曇らせた。しかし、すぐに冷静さを取り戻す。


「君を守ろうとする愚か者だ。」

彼は低い声で答えた。「彼女は戦った。私の兵士たちを相手に、無駄な時間を稼ぐために。」


「無駄なんかじゃない!」

アナスタシアは声を震わせながら叫んだ。「彼女は私を信じてくれた!星図を守るために命を懸けて戦ってくれたんです!」


エリアスは眉をひそめ、冷ややかな目でアナスタシアを見た。「彼女の命は、君のために費やされるべきではなかった。教会の力に逆らうなど愚か者のすることだ。」


「そんなの…!」

アナスタシアの声が震え、涙が頬を伝った。「あなたは、ナディアさんを殺したのですか…?」


エリアスはしばらく黙り込んだ。その間、彼の表情はわずかに揺らいでいるように見えた。


「彼女はまだ生きている。」

エリアスが短く言った。「だが、君がここで星図を渡さなければ、彼女の命もまた危ういだろう。」


その言葉に、アナスタシアの胸がさらに締め付けられた。星図を守るために、多くの人が犠牲になっている。それでも、彼女の中には揺るがない信念があった。


「ナディアさんが生きているなら、私は諦めません。」

アナスタシアは涙を拭い、まっすぐにエリアスを見つめた。「彼女が命を懸けてくれたからこそ、私は進みます。星図が示す真実を見つけ出すまで。」


エリアスはその言葉を聞き、静かに目を閉じた。彼の表情には迷いと苛立ちが交錯している。


「君は本当に父親そっくりだ。」

彼は低く呟きながら剣を抜いた。「だが、その信念がどれほど無力か、思い知らせてやる必要がある。」


その時、入口から鋭い声が響いた。

「やらせるかよ!」


振り返ると、血まみれの姿のジョゼフが現れた。彼の手には短剣が握られ、その目は怒りに燃えている。


「ナディアが命を懸けて守ったお嬢さんを、そう簡単に渡すわけにはいかねえな!」


エリアスは静かに振り返り、剣を構えた。「またお前か。君たちには本当に感心させられる。」


「感心してる暇があるなら、俺と遊ぼうぜ!」

ジョゼフは笑みを浮かべながら突進した。その動きは荒々しくも正確で、エリアスに一瞬の隙を作らせた。


「アナスタシア!」

ジョゼフが叫ぶ。「早く行け!星図を守れ!」


アナスタシアは迷いながらも、星図を抱えて観測台の奥へ走り出した。後ろで剣と短剣がぶつかり合う音が響き渡る。


「行け!」

ジョゼフの声が再び聞こえる。それは、彼女を強く前へと押し出す力だった。


アナスタシアは涙をこぼしながら奥へ走る。星図が彼女の未来を示している――その希望を胸に、彼女は足を止めることなく雪の中に消えていった。


次回予告


ナディアの命を守るため、そして星図が語る真実を追うため、アナスタシアは新たな旅路へと進む。エリアスとジョゼフの戦いの行方は――そして、星図が導く次の観測地点とは?

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