第29話 星々が繋ぐ道④
夜の雪原は一層の静けさを増し、凍てつく風が肌を刺した。アナスタシアはジョゼフの指示に従い、建物の残骸の陰に身を潜めていた。星図を胸に抱えながら、じっと息を潜める。その耳には、兵士たちの足音と声が近づいてくる音が嫌でも響いていた。
「見逃すな。奴らはこの辺りにいるはずだ。」
低い声が響く。兵士たちの指揮官らしき男が鋭く命じる声だ。
松明の明かりが雪原を照らし、影がゆらゆらと揺れる。その光がアナスタシアの隠れる石柱に迫ってきた時、彼女は思わず息を呑んだ。
「ここだ、奴らが通った跡がある!」
兵士の一人が叫ぶ。
ジョゼフが石柱の陰から鋭い視線を送り、短く囁く。「動くな、まだ気づかれてない。」
アナスタシアは頷こうとしたが、緊張で首も動かない。星図を抱えた手が汗で滑りそうになるのを、彼女は無理やり押さえ込んだ。
兵士たちがさらに近づく。アナスタシアの心臓は耳元で鼓動を刻むように早まり、寒さを忘れるほど全身が熱くなっていた。
「よし、準備だ。」
ジョゼフが短剣を握り直し、わずかに体を起こした。「お嬢さん、いいか?今から一気に注意を引く。お前はその間に次の場所を目指せ。」
「でも…!」
アナスタシアが声を上げかける。
「いいから行け!」
ジョゼフの目が鋭く光った。「あんたの星図が教える未来を、無駄にするな!」
その瞬間、ジョゼフが雪原に飛び出した。勢いよく短剣を振り上げ、兵士たちの一団に突っ込んでいく。
「こっちだ!俺が相手になってやる!」
彼の叫びが雪原に響く。
兵士たちは一斉に声を上げ、松明の光がジョゼフに向かって動いた。その隙をついて、アナスタシアは石柱の陰から這うように抜け出し、雪原の奥へと走り出した。
雪に足を取られながらも、アナスタシアは必死に進んだ。星図を胸に抱え、頭の中には北極星の位置が鮮明に浮かんでいる。
「星が導いてくれる…。」
彼女は自分に言い聞かせながら、足を止めることなく進み続けた。
だが、背後からは兵士たちの怒声が聞こえてきた。一部がジョゼフを追い、一部が彼女を追っているのだ。
「ここで捕まるわけにはいかない…!」
彼女は震える声で自分を奮い立たせた。
遠くに、雪に埋もれた建物の影が見える。それは崩れかけた石造りの遺構で、父が記した観測台の特徴に合致していた。
「あそこだ…!」
アナスタシアの瞳に希望の光が宿る。
観測台にたどり着くと、入口の扉は朽ち果てて雪に覆われていた。彼女は星図を抱えたまま手で雪をかき分け、どうにか内部へと入り込む。
中は暗く、ひんやりとした空気が漂っていた。古びた壁には天文学的な記録が刻まれ、中央には壊れかけた石製の台座が置かれている。
「ここが…父が最後に記した場所。」
アナスタシアは声を震わせながら呟いた。
星図を広げ、観測台の構造と照らし合わせると、星図に描かれた暗号が壁に刻まれた記録と一致することに気づいた。
「これが答え…?」
彼女は震える手で壁の文字をなぞりながら、父の残した記録を解き明かそうとした。
だが、その静寂を破るように、外から雪を踏みしめる足音が近づいてくる。兵士たちが観測台を包囲し始めたのだ。
「見つけたぞ!」
兵士の一人が叫ぶ声が響く。
アナスタシアは星図を握りしめ、再び壁に目を向けた。時間がない――それでも、この場所で解読を終えなければ、父の遺志を果たすことはできない。
「私はここで終わるわけにはいかない…!」
彼女は涙を浮かべながら星図を握る手に力を込めた。
次回予告
観測台で追い詰められるアナスタシア。星図に隠された最後の暗号が明らかになる中、彼女は教会の兵士たちに立ち向かう覚悟を決める。果たして、星々が語る真実は彼女をどこへ導くのか――。
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