第23話 孤島の星③
観測台の内部は、緊張感で張り詰めていた。外から聞こえる兵士たちの声が、徐々に大きくなる。金属がぶつかり合う音、足音、そして命令を飛ばすような叫び声が混じり、冷たい空気の中に不穏な振動を運んでくる。
「奴ら、すぐそこまで来てる。」
ナディアが短剣を握り直し、窓から外を覗きながら低く呟いた。その瞳には、いつもの冷静な光が宿っているものの、明らかにこれまで以上の緊張が滲んでいた。
ひげ面の男が手に持った棍棒を振り上げ、「ここで踏ん張るぞ!」と仲間たちに声をかけた。彼らの表情は険しく、覚悟を決めた者たちの顔だった。
一方、アナスタシアは観測台の奥に貼られた地図を前に立ち尽くしていた。父の星図と同じ配置で描かれた星座群。しかし、そこには追加の印がつけられている。この印が何を意味するのか、彼女にはまだ分からなかった。
「考える時間はないぞ!」
ナディアが振り返り、声を荒げた。「さっさと星図を抱えて逃げる準備でもしろ!」
「待ってください!」
アナスタシアは鋭く言い返し、星図を握る手に力を込めた。「ここで逃げたら、何も分からないままです。父がここを記したのには理由があるんです。それを見つけ出さなければ…!」
その言葉にナディアは口を閉じた。いつもの皮肉も飛ばさず、ただじっとアナスタシアを見つめる。その目には、「時間がない」という無言の圧力が込められていた。
アナスタシアは深く息を吸い込み、再び地図に向き直った。印の形を目で追いながら、父が星図の片隅に残した小さなメモを思い出す。
「光の反射が、答えを導く。」
彼女はハッと息を飲んだ。「そういうことだったんだ…!」
急いで懐から星図を広げ、地図の印と照らし合わせる。そして、観測台の中央に置かれた古びた望遠鏡に目を向けた。
「ナディアさん、望遠鏡を動かしてください!」
彼女は指を差して叫んだ。
「は?」
ナディアは眉をひそめる。「そんなもん動かしてどうする気だ?」
「父が残したヒントです!光を使って、この印を照らすんです。」
アナスタシアは急かすように言った。「朝日の角度なら、今ならまだ間に合う!」
ナディアは舌打ちをしながらも望遠鏡に向かい、台座を固定している錆びた金具を叩きながら動かし始めた。「これであんたの言う通りにならなかったら、私はここで死ぬだけじゃすまないな。」
その間にも、外の兵士たちの足音がさらに近づいてくる。観測台を囲むように配置されているのか、窓の外にはすでに松明の明かりが揺れて見えていた。
ひげ面の男が険しい声で呟く。「奴ら、入口を破る気だ。」
観測台の木製の扉は、何度も打ちつけられる音を立てて揺れている。船員たちは武器を構え、船での戦闘以上の緊張感を漂わせていた。
「来るぞ。」
ナディアが望遠鏡を調整しながら短く言った。「お嬢さん、早くしろ。」
アナスタシアは地図に記された印を基に、望遠鏡の角度を調整した。太陽の光が望遠鏡のレンズを通り、壁に設置された古びた金属板を反射して、地図の上に小さな光の点を描き出す。
「ここだ!」
アナスタシアは叫び、その場所を指差した。「この場所に何かがあります!」
その瞬間、観測台の扉が勢いよく破られ、兵士たちがなだれ込んできた。松明を掲げた彼らの目は、異端を討つという使命感に燃えている。
「星図を守れ!」
ひげ面の男が叫び、仲間たちが棍棒を振りかざして突撃した。
船員たちと兵士たちが観測台の中央で衝突する。棍棒と剣がぶつかり合い、叫び声と悲鳴が混じる中、ナディアはアナスタシアの手を引いて叫んだ。「ここにいるな!星図を持って逃げるぞ!」
「でも…!」
アナスタシアは振り返るが、ナディアの手は強く、彼女を無理やり立たせた。「死んでからじゃ真実も星図も意味がない!」
二人が観測台の裏手から抜け出そうとしたその時、エリアスが兵士たちの後ろから静かに現れた。冷たく鋭い目が、星図を抱えたアナスタシアをじっと捉える。
「そこにいるのは分かっているぞ、アナスタシア。」
彼の声は静かだったが、観測台全体に響き渡るほどの威圧感があった。「星図を渡せば、お前たちの命は保証しよう。」
アナスタシアはその言葉に立ち止まり、ナディアが舌打ちした。「行くな、あんな奴の言葉に乗るな。」
しかし、アナスタシアは心の中で葛藤していた。彼女の手の中にある星図が、この場にいる全員の命を危険にさらしている――その事実が重くのしかかる。
次回予告
星図を巡る激しい攻防戦の中、アナスタシアは父の遺志を守るべきか、それとも仲間を救うべきかという究極の選択を迫られる。エリアスの執拗な追撃の中、星図がついに語り始める真実とは何か――。
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