第22話 孤島の星②
観測台に向かって森の中を進むアナスタシアたち。先ほど森の奥から現れたボロ布をまとった男たちは、彼らを警戒するように距離を保ちながら後をついてきていた。
「やっぱり歓迎されてないんだろうな。」
ナディアが低い声で呟く。その言葉には冗談のような響きがあったが、彼女の手は短剣の柄を離していない。
アナスタシアはちらりと後ろを振り返った。男たちは5、6人ほどの集団で、やせ細った体に怯えたような目をしている。しかし、その瞳にはどこか諦めきれない執念のような光も宿っていた。
「彼らは…ここで暮らしているんでしょうか?」
アナスタシアが小声で尋ねる。
「そうだとしても、歓迎の宴を開くタイプには見えないな。」
ナディアが肩をすくめながら前方を指さす。「ほら、着いたぞ。」
木々の切れ間から現れたのは、石造りの古い建物だった。観測台は想像以上に荒れ果てており、外壁の一部は崩れ落ち、屋根もほとんど剥がれ落ちている。それでも、その構造にはかつての知性と努力が刻まれているようだった。
「ここが父が記した場所…。」
アナスタシアは小さく呟き、建物を見上げた。彼女の心には、父がここで星々を観測していた姿がはっきりと浮かんでくる。
「感慨に浸るのは後にしろ。」
ナディアが促すように言った。「まずは中を確かめて、さっさと必要なものを見つけるんだ。」
だが、一行が観測台に向かおうとしたその時、後ろについてきた男たちが声を上げた。
「待て。」
そのうちの一人、ひげ面の中年男が前に出てきた。彼の声は低く、荒れていたが、その言葉には威圧感があった。
「ここは俺たちの場所だ。お前たちが勝手に踏み入れることは許されない。」
ナディアが舌打ちしながら振り返る。「あんたらの場所だって?星を観測するために建てられた台だろう。何百年も前にな。」
男は目を細めてナディアを睨んだ。「何も知らないくせに好き勝手言うな。この島に来た者がどうなるか、分かっているのか?」
「何を言いたいんだ?」
ナディアが短剣を抜く素振りを見せる。
「教会だ。」
男の声がさらに低くなる。「お前たちの後ろには教会の追っ手がいる。俺たちはもう何度も奴らを振り払ったが、犠牲も多かった。これ以上、島を危険にさらすつもりはない。」
その言葉にアナスタシアは目を見開いた。「あなたたちは、教会から逃れてここに?」
男は答えず、ただ鋭い目でアナスタシアを睨んだ。その目には明らかに「お前たちは余計なものを持ち込んだ」という非難の色が浮かんでいる。
「この建物に入る必要があります。」
アナスタシアは勇気を振り絞って前に出た。「ここには、私の父が残した重要な記録があるんです。それを確かめる必要があります。」
「父?」
男が眉をひそめる。
「父は天文学者でした。」
アナスタシアは星図を抱え、男に見せた。「この星図を完成させるために命をかけた。そして、彼がここに何を残したのかを知ることが、私の使命なんです。」
男はしばらく沈黙していたが、後ろにいる仲間たちと視線を交わした。その後、深いため息をついて静かに言った。
「好きにしろ。ただし、俺たちも一緒に行く。お前たちが何をするか、見届ける必要がある。」
観測台の中は、外観以上に荒廃していた。埃まみれの床と崩れた壁、かつてここで行われた観測の跡を物語る錆びた器具の数々。窓から差し込む光が、古い望遠鏡の表面を薄く照らしていた。
「これが…父が使っていた場所。」
アナスタシアはそっと望遠鏡に触れた。その冷たい金属の感触が、彼女の胸の奥に眠る父の記憶を蘇らせる。
一方で、ナディアは奥の壁に貼られた古びた地図に目を留めた。「おい、これを見ろ。」
アナスタシアが近づき、地図に目を向ける。そこには星々の配置が詳細に描かれ、その中にいくつかの星が印で強調されていた。
「これは…父の星図と同じ?」
アナスタシアは地図に手を伸ばし、指でその印をなぞった。「でも、父の星図にはこの印はない。これは…?」
その時、観測台の入り口付近で物音がした。全員が振り返り、緊張が走る。
「来たぞ!」
男たちの一人が叫ぶ。
ナディアが短剣を抜き、窓の外を覗いた。「教会の奴らだ。追いつかれたな。」
アナスタシアは星図を胸に抱え、男たちに向き直った。「お願いです!ここで逃げるわけにはいきません。星図に記された秘密を解き明かすには、ここにいる必要があるんです!」
男たちはしばらく迷った末、ひげ面の男が頷いた。「分かった。だが、俺たちも戦う。教会にまた犠牲を払うつもりはない。」
外から兵士たちの声が近づき、観測台を包囲する気配が濃厚になっていく。
次回予告
観測台に押し寄せる教会の追撃。逃げ場のない孤島で、アナスタシアたちは星図を守り抜くための戦いに挑む。果たして、星図に記された秘密とは何か?そして、この戦いの果てに待つものとは――。
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