第19話 光の証明⑥

太陽が水平線から顔を覗かせ、朝焼けの光が濃紺の夜空を薄紅色に染め始めた。星々は一つ、また一つとその輝きを失い、夜の支配が終わりを告げる。その一方で、船上の緊張は頂点に達していた。


ナディアは舵を握り、目の前に広がる海を睨みつけていた。船は確かに進んでいるが、背後から迫る教会の兵士たちはその速度を上回る勢いで追撃していた。


「奴ら、諦める気配がないな。」ナディアは舌打ちをしながら呟いた。


アナスタシアは甲板の中央に立ち、星図を抱えながら空を見上げた。彼女の瞳には焦燥と恐れが混じっていたが、その奥には揺るぎない決意が見える。


船尾に視線を向けると、そこにはエリアスが率いる教会の兵士たちが小型のボートに乗り、松明を掲げながら迫ってきていた。彼らの目には、異端者への憎悪と執念が燃え上がっている。


「星図を守るためにこれほどの抵抗を見せるとはな…。」エリアスは冷静な表情で呟いた。「だが、その信念がどれほどのものか、試してやろう。」


彼は剣を抜き、兵士たちに鋭い声で命じた。「船に取り付け!星図を必ず回収しろ。抵抗する者は容赦するな!」


兵士たちは一斉に動き出し、船にロープを投げつけ始めた。ロープが船に絡みつき、甲板に取り付こうとする音が響き渡る。


「来たぞ!」見張り台の船員が叫ぶ。


ナディアは舵を握りしめ、声を張り上げた。「全員、持ち場を守れ!奴らを甲板に上げさせるな!」


船員たちは各自武器を手にし、船の縁に立ち並んだ。教会の兵士たちはロープを使い、次々と船に登ろうとしている。短剣や槍が飛び交い、激しい戦闘が甲板の上で繰り広げられた。


ナディアは一人の兵士が甲板に上がるのを見つけると、すかさず短剣を振り下ろした。「この船は渡さない!」


その時、アナスタシアは甲板の上で星図を広げ、必死に計算を続けていた。彼女の頭の中で、父が遺した言葉が繰り返される。


「星々の動きは、光と影を生む。その法則が、真実を示す鍵だ。」


彼女は星図に書き込まれた光の屈折に関する計算式を見つめながら、ひらめきを得た。「太陽…朝日を使えば…!」


アナスタシアは声を張り上げた。「ナディアさん!船を南東に向けてください!太陽の光を利用します!」


ナディアは混乱しながらも舵を切った。「それで何をするつもりだ?」


「光を使って、彼らの目を眩ませます!」アナスタシアの声は震えていたが、その中には確信があった。


ナディアが舵を南東に向けると、朝日が甲板全体に強烈な光を差し込んだ。その光が海面に反射し、兵士たちの視界を奪った。


「眩しい!」兵士たちは目を細めながら、攻撃の手を止めた。その一瞬の隙を突き、船員たちはロープを切り、敵の侵入を阻止した。


その光景を見たエリアスは、一瞬驚きの表情を浮かべたが、すぐに冷静さを取り戻した。「太陽の光を利用するとは…。だが、それで勝てると思うな。」


彼は再び兵士たちに命じた。「この程度では怯むな!突撃を続けろ!」


光の反射によって兵士たちの動きが鈍ったその隙に、アナスタシアは星図を防水布に包み、再び隠し場所に押し込んだ。そして、自分も武器を手に取り、甲板の中央に立った。


「星図を守るだけじゃなく…戦う覚悟を持たなきゃいけない。」


その言葉を聞いたナディアは驚いた顔を見せたが、すぐに笑みを浮かべた。「そうだ。それでこそ、お嬢さんだ。」


激しい攻防の末、教会の兵士たちは船への侵入を阻まれ、一旦森へと撤退していった。入り江の周囲には、ようやく静寂が戻った。


ナディアは短剣を握りしめた手を甲板に叩きつけ、深く息を吐いた。「何とか持ちこたえたが、これで奴らが諦めるとは思えない。」


アナスタシアは星図を見つめながら呟いた。「でも、私たちは星々が示す真実を守り抜いた。それだけで十分です。」


ナディアは彼女の言葉に頷き、朝日に照らされる海を見つめた。「まだ終わっちゃいない。これからが本当の戦いだ。」


【次回予告】


アナスタシアとナディアたちは、教会の執拗な追撃を振り切るため、さらなる危険な航海へと向かう。星々が示す次なる真実とは?

次回、『運命の航路』。

真実を求める旅路は、いよいよ新たな局面を迎える――。


【ここまでのあらすじ】


時は中世ヨーロッパ。地動説の研究を命がけで追い求めた学者たちと、それを異端として弾圧する教会の対立が激化していた。父を異端審問で失った若き天文学者アナスタシアは、父が遺した「星図」を携え、真実を証明するための旅に出る。


アナスタシアは、星図を手に新たな観測を行うため逃亡を続ける中で、経験豊富な航海士ナディアと出会う。彼女の船に匿われる形で旅を続けるが、その行動はすでに教会の知るところとなっていた。教会は異端審問官エリアスを先頭に、アナスタシアと星図の奪取を目的とした追跡を開始する。


逃亡の最中、アナスタシアとナディアは入り江に一時的に隠れ、星図を使った観測を進めようとする。しかし、すぐに教会の兵士たちが迫り、船を包囲する事態に陥る。星図を守るため、ナディアと船員たちは激しい戦闘に挑み、アナスタシアもまた自らの信念と向き合う。


戦いの最中、アナスタシアは星図に記された「光の屈折」という理論を用い、朝日の反射を使った機転で兵士たちの目を眩ませ、船を守ることに成功する。一時的に危機を脱したものの、教会の執念深い追撃は止む気配がなく、次なる航海の中でさらに大きな試練が待ち受けていることを確信するのだった。


科学的真実を追求する者たちと、権威を守ろうとする教会との対立が激化する中、星々が示す道筋は果たして希望の未来へと繋がるのか――物語はその行方を見守る読者と共に進んでいく。

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