第18話 光の証明⑤
朝焼けが薄明るい光となって水平線を染め始めていた。入り江を覆っていた闇が少しずつ後退していく中で、森の奥から漂う焦げた木の匂いと、教会の兵士たちが発する低い声が混ざり合い、船上の緊張感をさらに高めていた。
ナディアは舵のそばに立ち、短剣を手にして森を睨みつけている。船員たちはそれぞれ簡易な武器を構え、恐怖を隠しきれない表情を浮かべながら配置についていた。
「夜が明ければ、ここはただの獲物だ。」ナディアは小さく呟く。「奴らは朝日の光の中で私たちを捕らえるつもりだろう。」
その声は冷静だったが、その裏には計り知れない危機感が滲んでいた。船員たちは黙ったまま、言葉も出せない緊張感の中で武器を握りしめている。
一方で、アナスタシアは星図を胸に抱え、甲板の端に立っていた。その小さな肩は震えていたが、その瞳には恐れを押し殺したような強い光が宿っていた。
「星々は嘘をつかない…。」アナスタシアは自分に言い聞かせるように呟いた。「でも、この星図が、私たちを守ってくれるのだろうか…?」
彼女は星図を握る手に力を込めた。その中には、父の遺した緻密な計算と理論が詰め込まれている。アナスタシアはその星図を見つめながら、父が最期に語った言葉を思い出した。
「真実は、誰かが守らなければ消えてしまう。星は動き続けても、それを信じる人間がいなければ、それは闇の中に埋もれてしまうんだ。」
その言葉が胸の中で再び強く響くと同時に、彼女の中で揺れていた迷いが少しずつ晴れていった。彼女は顔を上げ、星々が消えゆく空を見つめた。
ナディアが甲板を歩きながら、アナスタシアの元へと近づいてきた。疲れ切った顔の中で、その瞳だけは冷静な光をたたえている。
「お嬢さん、これ以上ここに留まるのは無理だ。船を動かすしかない。」
アナスタシアはナディアを見上げた。その目には、迷いと不安、そして一縷の希望が交錯していた。
「でも…動けば見つかります。」アナスタシアの声は震えていた。「教会の兵士が船を燃やしに来ています。それでも、私たちに勝ち目は…?」
ナディアは短剣を腰に収め、アナスタシアの肩に手を置いた。
「勝ち目があるかどうかなんて分からないさ。」ナディアは静かに言った。「だが、このまま何もせずに星図を失うわけにはいかないだろ?」
アナスタシアはその言葉に目を見開いた。ナディアの言葉は、彼女が自分に問い続けてきた疑問に答えるようなものだった。
「星図を守るなら、あんた自身がそれを信じ切るしかない。星が嘘をつかないってんなら、あんたも嘘をつかなければいい。」
アナスタシアは力強く頷いた。「分かりました。星図を信じます。そして、私も自分を信じます。」
その時、森の中から大きな松明の光がいくつも見えた。それは夜明けの薄明かりの中でも不気味な輝きを放っていた。兵士たちが一斉に動き始めたのだ。
「奴ら、来るぞ!」見張り台の船員が叫ぶ。
ナディアはすぐに舵の元へ駆け寄り、全員に声を張り上げた。「船を動かす準備をしろ!全速力で入り江を抜ける!」
兵士たちはロープを投げ、松明を掲げながら船に迫ってくる。甲板には緊張が走り、船員たちが次々と武器を構えた。
アナスタシアも星図を胸に抱えながら、震える手で自分を支えた。「星図を守る…。どんなことがあっても…!」
エリアスが兵士たちの先頭に立ち、剣を抜いた。その瞳は冷たく鋭い。「船を燃やせ。星図を必ず手に入れろ。」
松明が投げ込まれ、船の端で火が燃え上がる。その光景に船員たちは動揺するが、ナディアが声を張り上げた。
「消火班、動け!他の奴らは甲板を守れ!」
アナスタシアはその混乱の中、父の星図を広げた。その端に書き込まれた小さな計算式が、彼女の目に飛び込んでくる。
「光の屈折」――。
「これだ…!」アナスタシアは閃きを得たかのように叫んだ。
ナディアが戦いの合間に彼女の声に反応する。「お嬢さん、何か思いついたのか?」
アナスタシアは星図を片手に掲げながら叫んだ。「この場所から北の方角に向けて船を動かしてください!夜明けの光が、それを証明してくれる!」
ナディアは一瞬だけ彼女を見つめ、迷うことなく舵を切った。「信じるぞ、アナスタシア!」
船が北へと進むにつれ、朝日が水平線から上り始める。光が水面を照らし、星図に示された角度通りに反射していく。その瞬間、兵士たちは動きを止め、驚きの声を上げた。
「これは…なんだ?」エリアスが眉をひそめ、光が反射して作り出した模様に目を奪われた。
それは、星図に描かれた地動説の証拠を象徴するかのような光の道筋だった。
アナスタシアはその光景を見つめ、涙を浮かべながら呟いた。「星々は…私たちを導いている。」
【次回予告】
光が導く先に何があるのか。教会の追撃を振り切るため、アナスタシアたちはさらに危険な賭けに挑む――。
次回、『光の彼方に』。真実が解き明かされる時、すべてが動き出す。
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