第17話 光の証明④

夜明けの気配が、薄明るい空の色として忍び寄ってきた。森の奥から漂う煙の匂いと、遠くで上がる兵士たちの声が、緊張の糸をさらに張り詰めさせる。


アナスタシアは甲板の端で星図を守りながら、空を見上げた。夜空にはもうほとんど星の光が見えなくなっている。輝きを失いつつある空に、彼女の心もまた不安で揺れていた。


「星々は嘘をつかない…」彼女は自分に言い聞かせるように呟いた。「でも、この星図が私たちを守れるのだろうか…?」


ナディアが甲板を歩きながら、アナスタシアに近づいてきた。短剣を手にした彼女の顔には汗が滲んでいるが、その目には疲労を隠すような強さがあった。


「お嬢さん。」ナディアは低い声で話しかけた。「星図を隠したって聞いたが、本当にそれでいいのか?」


アナスタシアは驚いた表情でナディアを見つめた。「どういう意味ですか?」


ナディアは空を指差した。「あんたが言ってた『星々が真実を示す』って話だ。確かに、それが正しいのかもしれない。だが、それを守るために命を懸ける覚悟はあるのか?」


アナスタシアは一瞬だけ言葉を失った。だが、すぐに目を伏せ、星図を強く握りしめた。


「私の父は、その真実を守るために命を捨てました。それがどれほどの価値を持つのか、教会がどれだけ恐れているのか…私はその証拠を抱えています。」


ナディアはしばらく沈黙していたが、やがて小さく笑った。「あんた、本当に馬鹿正直なやつだな。でも、だからこそ信じたくなる。」


その頃、森の奥ではエリアスが静かに星図の隠し場所を見極めようとしていた。彼は船の周囲を包囲する兵士たちに指示を飛ばす。


「奴らは隠したつもりでも、必ず真実を晒す瞬間が来る。」エリアスの声は冷たいが、どこか狂気じみた確信に満ちていた。「あの船を焦土に変えても、星図を手に入れる。」


兵士の一人が不安げに尋ねた。「しかし、審問官様…もし星図を破壊してしまったら…?」


エリアスはその質問に答えず、じっと夜明けの空を見上げた。薄青い空の中に、まだかすかに残る北極星が光を放っている。その光を見つめながら彼は呟いた。


「星の光が導く先は、人の手に余るものだ。だからこそ、教会がそれを握らなければならない。」


再び船上。アナスタシアは星図を開き、父の残した計算式をじっと見つめていた。数字と図形が緻密に絡み合い、宇宙の運動を語りかけているようだった。


「これが…真実。」彼女は小声で呟いた。「地球は動いている。私たちは、その上にいる。」


だがその瞬間、彼女の耳に船員の叫び声が飛び込んできた。「教会の連中が動き出したぞ!」


ナディアがすぐさま舵のそばに駆け寄り、兵士たちが船に向けて火のついた松明を投げ込むのを目撃する。「奴ら、本気で船ごと燃やすつもりだ!」


火の手が徐々に広がる中、アナスタシアは星図を抱えて立ち尽くしていた。彼女の中で迷いが渦巻いていた。「この星図を守るために、私はどこまで犠牲を払えるのだろう…?」


ナディアが近づき、彼女の肩に手を置いた。「お嬢さん、決断するんだ。星図を捨てるか、命を懸けて守るか…今この瞬間がすべてを決める。」


アナスタシアは震える手で星図を握りしめ、目を閉じた。そして、父の最後の言葉を思い出した。


「星々の声を消してはならない。」


彼女はゆっくりと目を開けた。そこには、揺るぎない意志が宿っていた。


「私は守ります。この星図を、そして父の夢を。」アナスタシアの声は静かだが、力強かった。


ナディアは頷き、短剣を抜いた。「よし、なら私たちも一緒に戦おう。星が嘘をつかないなら、あんたも嘘をつかないって信じてやる。」


ナディアが船員たちに声を張り上げた。「全員、準備しろ!船を燃やすつもりの奴らに、こっちの命の重さを教えてやる!」


船員たちは奮い立ち、それぞれ武器を握りしめた。船が揺れる中、アナスタシアも星図を胸に抱え、最後の覚悟を決めていた。


森から現れた兵士たちが、松明を投げ入れようとしたその瞬間、ナディアの短剣が空を切り裂き、一本の松明を叩き落とした。


「簡単に奪われると思うな!」ナディアは叫び、甲板の上を駆け回りながら反撃を開始した。


アナスタシアはその光景を見つめながら、星図を守るために必死に考えていた。「どうすれば…どうすればこの状況を打破できるの…?」


その時、彼女は星図の中に隠されたある小さなメモに気づいた。それは父が書き残したメッセージだった。


「星々の道筋が、命の道筋を示す。」


【次回予告】


アナスタシアが発見した父のメモに隠された意味とは?教会の追撃がさらに激化する中、星図に込められた真実がついに明らかになる――。


次回、『夜明けの真理』。

すべてを懸けた攻防戦の結末が描かれる。

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