第14話 光の証明①
孤島の夜は深い静寂に包まれていた。入り江に隠されたナディアの船は、月明かりに照らされてその輪郭を浮かび上がらせている。森の中では風が木々を揺らし、ささやくような音を立てていた。だがその中に、人間の動きが紛れていた。
アナスタシアは船の甲板で星図を広げていた。周囲を警戒しながらも、その瞳には焦りと決意が宿っている。
「これが…父が記した星の軌道…。もし、ここからさらに観測を続けられれば…。」
彼女は星図に手を置きながら、自分に言い聞かせるように呟いた。
森の中から、ナディアが息を切らしながら戻ってきた。短剣を腰に差したまま、急いで船に駆け上がる。彼女の表情には緊張が走っている。
「まずいぞ、アナスタシア。奴らが森を抜けてこっちに向かっている。」
ナディアの声に、アナスタシアは顔を上げた。その目は不安に揺れていた。
「ここも見つかってしまうんですか?」
「可能性は高い。」ナディアは肩をすくめて続けた。「だが、奴らがここを見つけるまでにはまだ少し時間がある。その間に何か手を打つ必要がある。」
ナディアの言葉に、船員たちも緊張した面持ちで作業の手を止めた。一人が声を上げる。
「船長、このままここにいていいんですか?見つかったら終わりですよ!」
ナディアは短剣の柄を叩きながら答える。「逃げるのも一つの手だが、今この船は完璧には動かせない。それに、観測を続けるかどうかはこのお嬢さん次第だ。」
彼女の視線がアナスタシアに向けられる。アナスタシアは星図を握りしめ、意を決したように立ち上がった。
「私は逃げません。この場所で観測を続けます。星の動きを記録するこの瞬間を逃せば、次のチャンスはいつ来るかわかりません。」
「無茶を言うな!」ナディアが少し苛立った声を上げる。「教会の兵士がすぐそこにいるんだぞ!」
「でも、ここで逃げたら父の研究は完成しません。」アナスタシアは震える声ながらも強い意志を込めて言った。「私たちが証明しなければ、地動説はただの理論のままです。」
ナディアはしばらく沈黙した後、笑みを浮かべた。「まったく、馬鹿な覚悟だな。でも、私も馬鹿には付き合う主義だ。」
ナディアが船員たちに命令を下す。「周囲を警戒しつつ、この場所を守る準備をしろ。船を動かさずにできることは全部やるぞ。」
アナスタシアは甲板に腰を下ろし、観測装置を準備し始めた。彼女の手元には、父の星図と孤島の学者から受け取った新たなデータが広げられている。
「星々の動き…。北極星を基準にして、ここからの軌道を計算すれば…。」
彼女の目は次第に冷静さを取り戻し、計算に没頭していった。
その頃、森の中ではエリアスが兵士たちを指揮していた。彼は冷たい月明かりの下で地面の足跡を確認し、ゆっくりと立ち上がった。
「入り江だ。奴らはそこで隠れている。」
兵士たちが一斉に動き出す。エリアスは剣を抜かず、その冷徹な目で森を進む方向を指し示した。「音を立てるな。見つけたらまず観測データを押収する。それが最優先だ。」
甲板の上、アナスタシアは観測に集中していた。星々が輝く夜空が彼女の背中を押しているようだった。
「北極星の位置、惑星の軌道…。これが地球の動きを裏付ける証拠になる…。」
その瞬間、船の見張り台から叫び声が上がる。
「森の中に光が!奴らが来たぞ!」
ナディアは即座に短剣を抜き、叫んだ。「全員、準備しろ!奴らを近づけるな!」
アナスタシアは一瞬だけ星図を見つめた後、静かにそれを巻き取り、ナディアに向き直った。「星図は私が守ります。」
「命を張る覚悟はできてるか?」ナディアが少し笑いながら尋ねる。
「ええ、最初からそのつもりです。」
森の奥から徐々に近づいてくる兵士たちの気配が、入り江の空気を張り詰めたものに変えていく。星々の光がかすかに海面に揺れながら、ナディアたちの覚悟を見守るように輝いていた。
「来い。」ナディアが冷静に呟き、短剣を構える。その瞳には恐れの色は微塵もなかった。
次回へ続く。
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