第13話 背中の重さ
翌朝、田中は「藤井卓也」という名前が看板に刻まれているのを確認した。6人の「客」を導き、招かれざる影を目の当たりにしてから、彼の心はすでに限界に近づいていた。
「これは仕事じゃない。地獄だ……」
自分自身にそう呟いても、背負う看板が重く感じるばかりだった。昨日の影を振り払うように、田中は山道へ向かった。
山道に立つと、これまで以上に看板の重さが異常だと感じた。背中に鉛のようなものを乗せているようで、肩が痛む。風が止み、木々がざわめく中、時間だけが過ぎていった。
昼過ぎ、田中は不意に頭がふらつき、膝をついてしまった。
「なんだ……体が……」
背中の看板が一瞬、脈打つような感覚を放った。驚いて振り返るが、看板はいつもと変わらない木の板に見える。だが、その瞬間、看板に新たな文字が浮かび上がった。
「重さは選ばれし者の試練。」
その意味を理解する間もなく、遠くから足音が聞こえてきた。田中は痛む体を引きずりながら立ち上がり、背筋を伸ばした。
やがて霧の中から一人の男が現れた。中年の男で、スーツを着ているが、ネクタイは緩んでおり、表情は疲れ切っていた。田中は声をかけた。
「藤井卓也さんですか?」
男は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに目を伏せた。そして看板に目をやり、表情が固まった。
「やはり……私か……」
彼は小さく呟くと、田中に近づくことなくその場にしゃがみ込んだ。頭を抱えるその姿に、田中は戸惑いながら言葉をかけた。
「どういうことですか? あなたは一体どこに行くんですか?」
藤井は顔を上げず、震える声で答えた。
「ここに来た時点で、もう終わりだ……門の向こうで待っている奴らが……」
その言葉を聞いた田中の背中で、再び看板が脈動した。そして、また文字が浮かび上がった。
「導け、運命の通行者を。」
その瞬間、藤井はふらりと立ち上がり、足を引きずるようにして山道の奥へと歩き始めた。田中は声をかけようとしたが、喉が詰まるような感覚に襲われ、何も言えなかった。
霧の中で藤井の姿が見えなくなった時、田中は背中の看板が少し軽くなるのを感じた。
夕方、小屋に戻った田中は看板を壁に立てかけ、そこに浮かび上がる文字を見つめた。
「七人目、門を通過。」
田中はその数字が意味するものを考えた。夢の中で聞いた「半分」という言葉。もしそれが正しいのなら、導くべき人数は全部で14人――まだ彼の役目は終わらない。
その夜、田中は再び夢を見た。
夢の中で、彼はあの門の前に立っていた。門は半ば開き、奥から黒い影がうごめいている。その中に藤井卓也の姿があった。彼は影に引き込まれながら田中に向かって何かを叫んでいる。
「逃げろ……! お前も……すぐに……!」
その声が届く前に、影が藤井を飲み込んだ。そして門の奥から、新たな囁きが田中に降り注いだ。
「次は、より重い試練だ。」
田中は悲鳴を上げて目を覚ました。額から汗が滴り落ち、心臓が激しく鼓動している。部屋の中は静まり返っていたが、看板からは微かに脈動するような感覚が漂っていた。
恐る恐る看板を見ると、新たな名前が浮かび上がっていた。
「吉田智恵子」
田中はその名前を見つめながら、全身の力が抜けて椅子に座り込んだ。次に来る「客」がどんな運命を迎えるのか、自分がそれをどう支えればいいのか――まるで答えが見つからなかった。
(第13話 終)
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