三十路女は楽しく飲みたい
古杜あこ
第1話 誕生日パーティーってどこの世界線の話なのか
そういえば明日は誕生日だった。と、頼子は良い具合に酔いが回った頭で思った。
三十一歳だ。去年の二十代が終わる節目的なセレモニーとはうってかわってなんとも地味な誕生日。31って素数? それともアイスクリーム?
なんにせよ、さようなら30。よろしく31。目を閉じれば「ようこそ!」と書かれた看板を持つバニーガールたちが手招きしている様子が浮かんだ。このバニーガールたちが30代なのだとしたらとんだ美魔女だな。私も見習い(?)たいもんだと、頼子は缶ビールをあおる。
祝い酒だと思うと余計に美味しい。この幸せは誰にも奪われないぞ。
「はっ!」
ニヤニヤしながら食卓に突っ伏しかけて我に返る。
そうだ、誕生日だ! 節目なんだ! 目出度きこの日に一人ほろ酔いでニヤついている場合じゃない。
「あんた、明日休みだからってほどほどにしなさいね」
決意をする頼子の背後であきれたように冷たく言葉を投げかけて母は寝室へ行ってしまった。
わかってるよ、と頼子は笑ったまま手にした缶ビールを飲み干した。まだ2本目である。食卓に空き瓶がゴロゴロ転がっているような飲んだくれな絵とはほど遠い。確かにもうすぐ日が変わるような深夜だけれど、まだ明日は休みだから、大丈夫。
「よし、ケーキ買いにいこっ!」
誕生日なんだから、と急に頼子は思いたった。
こんな時間に危険(身の危険と体重増加の両方の意味で)だとはわかっているが、人間危険を冒してでも手に入れたい物があるのだと、頼子は自分を奮い立たせた。
紛れもなく頼子は酔っ払っていた。
理性は死んでいたが、意識は問題ない。
徒歩で10分、頼子は自宅最寄りのコンビニでスイーツコーナーを眺めていた。
(ちゃんとあるじゃん、ケーキ)
こんな夜中なのに素晴らしいね
近所のコンビニ優秀すぎ。と心の中での大絶賛。
躊躇うことなくイチゴのケーキを手にとった。
2個セットだが、問題なし。全然大丈夫!
今心の中でケーキに出会えて嬉しいタンゴを踊りまくっているからプラマイゼロカロリー。
全く問題ない。ノープロブレム。
間違いなく頼子は酔っ払っていた。
(うーん、甘い物食べたらしょっぱいもの欲しいよね)
先ほどまでつまみもなしにビールだけを味わっていたのだ、なにかおつまみっぽいのをかってもいいのかも。誕生日だから豪勢に、いや、やっぱり誕生日だからパーティーっぽく!パーティーといえば、
(ポテトチップス!でしょでしょ)
久しぶりのポテトチップスだ。シンプルにうすしお味を選択。
(玄人っぽい!)
自画自賛を欠かさず、買い物カゴにポテトチップスと手に持っていたイチゴのショートケーキを大事に入れる。カゴを持って次の目的は。
(パーティーっぽい飲み物を買うべし!)
ビールもいいんだけど、もうこれ以上缶をあけるのも気が引けた。せっかくだから違うのも飲みたい。
パーティーといえば真っ先に浮かぶのはシャンパンだったが、売ってないだろうしそもそもこの素数誕生日会の雰囲気に合わないような気がした。
(そうだ、ポテトチップスといえば相方は)
ツカツカとしっかりとした足どりで飲料水コーナーに向かう。アルコールも売っているが、今回はソフトドリンクだ。
(パーティーにはコーラ! ゲットっ!)
一応500ミリリットルボトルを選び取る理性はまだ残っていた。
最高のパーティーアイテムを手に入れ頼子は喜び勇んで自宅へ踵を返す。
家族を起こさぬようそっと玄関を開けて家に入る。勿論施錠は忘れない。
ダイニングテーブルに戻れば、パーティーの始まりだった。
「コーラさん今日は私のためにありがとう! 美味しく飲ませていただきます!」
冷蔵庫横の棚から琥珀色の飲み物が入った瓶を取り出して、適当なグラスと一緒にテーブルに並べる。
「秘密兵器、安いウイスキー!」
出番だウイスキー君、ともにコーラさんを歓迎しようぞ、と瓶の蓋を外すとグラスに注ぐ。
もともとこのウイスキー君は家でハイボールを飲みたいと購入したものの、ビールの方が美味しいとなかなか消化できず余ってしまっていた。ハイボール<<ビール(頼子の味覚的に)。水割りの方が美味しいんじゃないかと思っている(頼子の味覚的に)。
「前飲んだお高いウイスキーは美味しかった。スモーキーなの。名前は忘れちゃったけど」
これくらいかな、とだいたい三分目あたりまでウイスキーを注げばついにコーラの出番である。
キャップを捻れば炭酸飲料特有のしゅっと炭酸の抜ける音がした。
そっと、ウイスキーの入ったグラスに注いでいく。
焦ってはいけない。ゆっくり、ゆっくりと。
泡がたたないようコーラを注ぎ、マドラー代わりの箸でぐるっと混ぜれば完成だ。
「コークハイ、完成しましたー!」
パチパチパチと拍手も忘れない。
「いただきまーす」
さっそく一口飲んでみる。
「うん、これは、いける!」
コーラの味が強く、どこかフルーツみたいなコクがあるような?
難しいことはよくわからないが、飲みやすいことは確かだった。
「氷入れればよかったかな。あっ、アイスボックス! 合いそう! 買ってくればよかった~~!」
もう一度行ってこようとならないのは理性の強さを証明しているのかもしれない。
「……ウイスキーをアイスボックスに注いだら美味しいんじゃ?」
ごくり、と喉を鳴らす、が、出かけるのは本音を言えば面倒くさい。
「そーだ、そーだ、主役がまだだった」
ケーキのパックをたぐり寄せて開ける。フォークはコンビニで貰ってきた。
「お箸下さいって言ってみたかったけど」
言いづらかったから、もう少し大人になってからかな、と頼子は再戦を誓った。クリスマスにでもやろう。ケーキの箸食い。シャンメリーとともにな。
「さてさて、ケーキとコークハイのマリアージュは如何に?」
ハッピバースデーわーたしー♪ と頼子は歌いながらフォークでケーキをえぐり取る。勿論三角の鋭角から崩す。なんとなくそこは譲れない。
ぱくっと口にすればクリームの重厚な甘みが口に溶けていき、中からスポンジケーキの存在感のある甘さが現れる。
甘い=旨味。Q.E.D。
涙が出そうなほどの多幸感。
「だから誕生日にケーキを食べるのか。幸せの象徴……侮っていた!」
コークハイの酔いが回ってきたのか、頼子は意味不明なことを呟きながらコークハイで口の中の甘いケーキの余韻を流し込む。
ふわっと香るアルコール感が幸せ感を更に高めた。
「有り! これ有り! 甘い同士だから重いかなって思ったけど、コーラが意外とさっぱりしてる! ケーキの甘さがコーラを上回ってるからコーラが甘く感じないんだ」
食レポのようなことをいいながらどこか醒めてきた頭の片隅で、頼子はこんな真夜中に高カロリーなものを摂取して大丈夫かな、私の内臓……とどこか心配している冷静な自分を自覚する。
さすが31は大人だね!と誤魔化しきれない罪悪感めいた気持ちはコークハイとともに飲み下すよう努めた。
楽しい夜はそうやってふけていくのであった。
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