第3章 出産の悲劇
1話 夜の校舎
「殺される。逃げないと。」
三日月の夜、薄っすらと窓から光が入る小学校の校舎の中を私は1人で逃げていたの。
私は、三崎 美智子。割れた窓ガラスが散乱する廊下を走っている。
廊下の先は壁となり、右へ、左へ、どちらに行ったら助かるの?
右には遠くに明かりが見えるけど、私を殺そうとする人がいるかもしれない。
恐怖で足が思ったように動かないわ。鳥肌がたち、体が凍りついたみたいに重い。
でも、逃げないと。左に向かって走ることにした。
どうして、私はここにいるの?
廊下を走っている時に、床にあった箱につまづき、ガラスで腕と膝を切ってしまって痛い。
足の裏も、さっきからガラスで傷だらけ。
でも、そんなことを気にしていたら殺される。逃げないと。
殺気がすぐ後ろまで迫ってきてる。目には見えないけど、気配を感じる。
どうしよう。もう体力が限界に来ている。
息が乱れているけど、見つかるから音はあまり出せない。
もう、足は、傷だらけで血が止まらない。
服にも、いろいろなところから血がにじみ出てる。
やっと校庭にでることができたわ。
目の前には、大きな体育館があり、私は、その壁の影にかがみ込み隠れたの。
少し休まないと、これ以上、走れない。もう、息が苦しい。
砂利のうえを歩く音がし、誰かが私に近づいてくるわ。どうしよう。
このまま、息を潜めていたほうがいいのかしら。
それとも、走って逃げたほうが・・・。
もう、すぐそこにいる。これ以上、ここに隠れていたら、見つかって殺されてしまう。
私は、最大限の力を振り絞り、そこから走って逃げた。
でも、追ってくる男の人の速さには逃げ切れなかったの。
そして、私は、振り下ろされた包丁で、後ろから切りつけられた。
地面に倒れて動くことができない。
そして、長い間、私の死体は見つかることなく、腐っていった。
私は、自分の顔が半分腐って目玉が顔からぽろりと落ちるのを見て悲鳴をあげた。
深夜2時過ぎに、布団の上にいる自分に気づいた。
汗でびっちょり。どうして、毎晩、こんな悪夢をみるのかしら。
なにも、悪いことしていないのに。
怖くて、すぐには眠ることもできず、温めたミルクを少し飲んで落ち着くことにした。
そして、あれは夢に過ぎないと自分に言い聞かせ、また眠りにつくことにしたの。
強い朝日が窓から差し込み、目が覚めた。もう朝なのね。
起きて、母親を手伝って朝食作りをしないと。
「あら、起きたのね。この頃、少し、起きるのが遅いんじゃないの。顔色も少し悪いし。疲れているんじゃないの? 仕事で何か辛いことでもあるの?」
「そんなことない。毎日、充実しているよ。」
「それだったらいいけど、無理はしないでね。じゃあ、まずはお味噌汁を作って。お父さん、もう少ししたら起きるから。」
「わかった。」
私は、かつお節を鍋に入れて味噌汁を作り始めた。
母親が焼いた魚のいい香りが家の中で広がる。
私は、日本では誰もが知っているデパートでエレベーターガールをしている。
1日中、小さな空間の中だけど、お客様に笑顔を振りまき、案内をする仕事。
私の美貌と美声をお客様に味わってもらう、とってもやり甲斐がある仕事なの。
この私を見るために、このデパートにくるお客様もいるという噂もある。
高度成長期時代のなか、デパートもいつも大繁盛だった。
今日も、朝からエレベーターで降りるお客様がいないか確認してみる。
もちろん、若いから肌はきれいだけど、メイクもバッチリしている。
朝から忙しく、忘れていたけど、どうして、毎晩、あんな怖い夢をみるのかしら。
あの校舎は、田舎の学校のような感じだった。
でも、私は、そんな田舎で子供時代を過ごしていない。
私を刺した、あの男性の顔はみることができていない。
でも、私は殺されるようなやましい気持ちなんてない。
むしろ、人からは感謝されているぐらいだと思う。
お昼休みに、職場の同僚に、こんな夢を見てるって相談してみたの。
大体は、仕事に急かされ、ストレスで殺人者に追われる夢をみているなんて答えだった。
でも、今の仕事は楽しいし、ストレスなんてないわよね。
私の自慢のこの美貌、美声、スタイルをみんなに自慢できる仕事だもの。
高級デパートだから、変に絡んでくるお客様なんていない。
これまでの生活も、ごく平凡って感じ。高校は女子校で、そのままデパートに就職。
友達と、会話を合わせて、適当に笑顔をつくり、適当に周りの人と話しを合わせてた。
そんな感じで、人とは深く関わってこなかったの。みんなも、そんなもんでしょう。
家族とも仲がいい。兄が3人いるけど、末っ子の娘として、みんな、かわいがってくれる。
年に何回かは、高校の時の友達と映画とか見に行ったりもする。
雄一郎って俳優、本当にかっこいい。いつも、映画で心が踊っているわ。
だから、ストレスとかないし、人に殺されると恐れるほど、やましい気持ちもない。
私は、窓から陽の光が燦々と差し込む休憩室でお昼休みを終え、午後の仕事を始めた。
どうして、こんな夢をみるのか心にざわつきを抱えながら。
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