宙を舞う女の裸体

一宮 沙耶

第1章 死ねない

1話 炎の中で

「この子供だけでも助けて。」


瓦礫の山の中から叫び声が響き渡った。

声の方に目をやると、家の柱の下敷きになって動けない女性が苦しんでいる。

その女性の顔は、すすだらけで、最後の叫び声だったんだと思う。


その女性は、私に向けて、布に包まれた赤ちゃんを差し出してきた。

母親は気づいていないのかしら。

赤ちゃんは火傷を負い、もう死んでる。顔は何かに押しつぶされていた。

四方は火に包まれ、息を吸うだけで炎が肺に入り、体が中から焼けるよう。


「わかったわ。安心して。」


ほっとしたのか、赤ちゃんを抱いたまま、その女性は息絶えた。

人は弱い。すぐに死んでしまう。

心も弱いから、つらい気持ちをごまかすために幻影まで見てしまう。

だからなのかしら。その女性の顔は、こんな過酷な状況なのに微笑んでいた。


周りの家々は崩れ果て、ブロック塀は砕けて、一面は瓦礫の山。

東京大空襲のさなか、東京は誰もが生き残るのに精一杯だった。

ただ、私は、こんな中でも死ぬことができない。やけどをすることもない。


炎って、こんなに美しかったのね。周りの汚いものを全て隠してくれる。

黄色、赤色、青色、いろんな色がゆらいでいて妖艶。

人の魂が、最後の力を振り絞って、光を放っているようにも見えた。


天まで届きそうな火柱は、私の肌を焼き付け、体に痛みが走る。

でも、やけどとかしない私には、痛さは感じても、ただ、それだけのこと。

一面、死体だらけの風景の中で、そんなことを言うのは不謹慎なのかしら。


空に、飛行機の轟音が鳴り響く。

1機だけじゃなく、見えるだけでも100機はいるんじゃないかしら。

低空を飛んでるのか、はっきりと機体がみえる。

いえ、東京が焼かれる炎の光を飛行機が浴びているから、はっきりと見えるのね。


機体の底から、数え切れないぐらいの爆弾が落ちてきている。

それが炸裂し、周りのビルとかは粉々に砕けていく。

たぶん、逃げ惑う私達は蟻のようにしか見えていないんだと思う。


悲鳴はいたるところから響き渡る。

人々は必死に逃げ惑う。


やけどとかしなくても服は燃えるし、爆弾がさく裂すれば飛ばされて痛い。

ブロック塀とかの下敷きにでもなったら大変。

後日、塀が取り払われ、下から私が平然と動き始めたら、周りを驚かせてしまうもの。

だから、私は、周りの人たちと一緒に、空襲の中を逃げ回っていた。


あれから何時間経ったのかしら。

飛行機の音はなくなり、炎も消えてきた。

そして、昨日と同じ朝日が周りを照らし始める。


朝が来た時、目の前に広がっていたのは一面の焼け野原。

生き残った人たちは、すすだらけで、なにもない風景を茫然と眺めていた。

疲労と絶望の中で・・・。


そんな中、私は、死ねない体になってしまった日のことを思い出していた。

ある薬を飲んだ、あの日のことを。

焼け焦げた死体が目の前にいくつも横たわる光景を見ながら。

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