第26話

 結局騒いでるうちに学食に着いて並んでチケット買って、定食を受け取るや否や近くに居た男子生徒が席を立ったり席を詰めたり隙間を作ったりなんなら立ち上がって「ここ使いなよ!」とこぞって声を掛けてきたので、ありがたく4人で座らせて頂く。

 空いた席がないかトレイを手にしたまま食堂をうろつく生徒も多い中、急に顔も名前も知らない男子が優しくしてきたことに本気で驚いた様子の秋川だったが、男子が姫乃をちらちら見て察した様子。

 姫乃の男子人気、恐れ入ったか。――女子が「アイツまたやってるよ……」という目で見てくることには、秋川は気付かなかったようだが。


 秋川に文句言っても無駄だと察したので、先程の件の追及は諦めた。寝てる時の指でこっそりスマホのロック解除してアルバム全消去してやろうかとまで考えたが、こいつのことだからそこまで考慮して他のとこにデータ移してそうだしなぁ。


「そういえば秋川、さっきクラスの子に話しかけられてたけど」

「……それが?」


 秋川はとろろそば(温玉載せ)を食べる手を止め、こちらを見る。


「あんな塩対応で良かったの? クラスメイトでしょ?」

「それはそうだけど……」


 しかし、どこか不満げだ。

 愛梨と姫乃は定食C(揚げ物メイン)の白身魚フライをサクサクと頬張り、私はカレーライス。和風だしが効いたお蕎麦屋さんのようなカレーで、安い割に美味しいのよね。


「見た目が変わっただけで態度を変えてくる人、好きじゃないの」

「……いや見た目は大事でしょ」

「あなたにとってはそうでしょうけど、私にとってはそうじゃない。折衷案はないわ」

「あっそ。……でも、イメチェンしてからは男子にも結構声掛けられてんじゃない? ほら今あんた結構可愛いし」


 そう聞いた瞬間、秋川が握っていた割り箸がべキリと折れた。


「かっ、かわっ、可愛いって!?」

「いやそりゃ地がそれなりに良くてあたしがメイクして可愛くならないわけないでしょ、何? 恥ずかしいの?」

「あっ、当たり前でしょう!?」

「へー」


 カレーうま。ちょっと入ってる鳥肉(たぶん鴨そばの鴨肉だ)も良い味してるわね。

 ふと何かに気付いたか、タルタルソースをたっぷり乗せたエビフライを頬張っていた愛梨が、尻尾をこちらに向けてくる。


「ひなみー」

「何? カレー欲しい?」

「ちがくて、普通の子、そんな可愛いって言われ慣れてないんじゃね?」

「……そうなの?」

「そんなこと言ってくんの親か彼氏かナンパ男くらいだし、姫乃はまぁ、ノーカンとして」


 愛梨がちらりと向かいの姫乃を見ると、「どしてよー」と半笑いで返される。そういうとこだぞ。


「あたし生まれた時からこれまで、ずっと可愛いって言われて育ってきたけど……」

「それはひなみが特殊な例」

「そうそう」

「頭にどんなお花が咲いてるのかしら」


 おい最後のは悪口だぞ。


「普通の子はさ、まず顔も知らん相手に可愛いって言われることはないんだわ」

「……まぁ、裏垢女子でもしてなければそうでしょうね」

「してるの!?」


 してねーよ。お前は急にテンション上げんな怖いから。


「そういえばひなみって割と誰にでも可愛いって言うよね、もしかして自分がよく言われるから人にも言ってるとか、そういうこと?」

「えっ、……別にそんなつもりなかったけど」


 あれ、そうかな? あんまり自覚してないな。でも言われ慣れてるから自分で口にするハードルが低いってのは確かにあると思う。


「そういうとこだぞー」


 姫乃にだけは言われたくない。


「……ともかく、今の秋川は可愛いでしょ、

「そうね」

「それはそう」

「そうなの……!?」

「だからもうちょっと愛想よくすれば友達くらい……、って、何その顔」

「い、いえ、」


 しかし、秋川はよほど照れたのか顔を赤くしてこちらを見ようともしない。

 まぁ向かい合って座ってる以上、カレーから顔を上げれば確実に見えるんだけど。まぁいいやカレー食べよ。


「そもそも、友達とか欲しいと思ったことないし……」

「ネット上にはたくさん友達居るタイプ?」

「……知ってて言ってるのかもしれないけれど、私家にネット環境なかったわよ」

「ごめんそれはそうだった」


 愛梨は「えぇ……?」と困惑してる。まぁそうだよね。回線契約してないスマホは、ただのカメラだ。

 最近では私が買ってあげたスマホを大事そうに使ってるけど、私みたいに日に何時間も触ってる様子はない。

 時折ぼーっと画面を眺めたりはしてるから、動画とか見てんのかもしれないけど。音声付けても良いって言っても「別に音は要らないわ」とか言ってんのよね。音が要らない動画って何? 耳聞こえない人用? 電子書籍読んでるわけでもなさそうだし。


「でもま、外見変わっただけで近づいてくる――特に男には気を付けた方が良いよ?」

「……姫乃さんが言うなら、はい、気を付けます」


 なんで姫乃には素直なのよ。愛梨はなんかツボったのか「ぶふっ」と吹き出してる。


「どうして? ただのナンパでしょ?」

「まぁその可能性のが高いと思うけど、ナンパの対応って慣れてないと、下手に挑発したら大変なことになるしさー」


 なったなぁ。塩対応どころか私相手レベルで口が回ってたわ。


「これまではそんなに話しかけられることもなかっただろうし、常識的な人の方が多かったから塩対応で乗り切れたかもしれないけど……、ナンパって常識的じゃない人もしてくるの。外見が変わると、どうしてもそういう人とも関わってくことになるからね」

「…………はい」


 以前ナンパされた時のことを思い出したか、少し落ち込んだ様子で俯いた。

 そういえば立川行ってご飯食べてる最中、サラリーマンにもナンパされたのよね。こいつときたらまた煽ったから慌てて私が仲裁したけど。「普通その年齢なら妻子が家で待ってるものなんじゃないんですか?」って、その煽りは合ってても間違ってても駄目だよ。

 とはいえ1年未満とはいえ自分が生活していた街でもナンパされることには結構驚いていたようで、「これまでは誰からも話しかけらなくて済んだのに……」と不満を漏らしていたのを思い出した。そりゃ呪いの日本人形は避けるわ。


 しっかし、人に忠告するだけあって姫乃のナンパ対応レベルはカンストしてると思う。

 ちょっと一緒に歩いてるだけで即ナンパされるもんだけど、相手に応じて様々な応対を見せてくれるので、私が口を出す暇すらないのだ。

 相手を怒らせたこともないし、なんならナンパ失敗しておきながらあちらも笑顔で解放してくれたりするから、これはもう経験値の差としか言いようがない。私にはそんなスマートなナンパ撃退は出来ないので、秋川と歩いてる時ナンパされたら結構緊張する。

 愛梨と一緒に歩いてると――、ギャル二人にしか見えないからほぼ声掛けられない。私は全然ギャルじゃないんだけど、髪はなんなら愛梨より明るいくらいだからね。何も知らない人が見たら白ギャルと黒ギャルに見えても仕方ないわ。


「ひなみ、自分で可愛くしたんだからちゃんとそういうとこまでサポートしてあげなよ?」

「えぇ……なんで私が……」

「だってひなみの自己満でしょ?」

「……そうだけど」


 確かにそうだけどさぁ。本当に自分の外見に興味ないみたいで、毎朝メイクされてる時いっつも不機嫌そうなのよ。まぁ下手に表情作られるよりは顔描きやすくて助かるんだけど。

 髪型はセットが簡単な内巻きカール気味にしてるけど、前髪短めなのが気に入らないのかよく前髪弄ってる。あんまり自覚してないようだけど。

 ま、しばらく一緒に住むんだし、こいつもそのうち慣れるでしょ。


 ――そういえば、いつまで私の家に住む気なんだろ?

 広い家だし別に邪魔ってほどでもないけど、ずっと一緒に居るのは流石にね。

 復帰したらスケート中心の生活になって、高校にも通えなくなるはず。そうしたら身の回りのサポートをする人がどうしても必要になって、たいていは親だけど――


 あれ、もしかしてそれ、私がするの!?

 母親とは一切連絡取り合ってもないみたいだし、もう一度母親を頼るのは難しそうだ。

 お金の心配がないとはいえ、1年近く娘を放置して外で生活してる母親だ。きっと娘への興味も失くしていることだろう。

 ま、どっかで話しておかないといけないか。秋川が未成年である以上、どうしても親の名義は必要になってくるし。そこだけはたとえお金があろうと私が代理出来る領域ではない。

 あーあ、どうしよっかなぁ。

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