第24話

「はー、久し振りに来たけど、立川ってこんななのね、案外東京っぽい」

「……東京よ。日本地図見たことある?」

「馬鹿にしないで。生まれた時から23区に住んでる人間はね……、23区外のことを東京と思ってないのよ」


 ドン引きした様子で「差別よ、それは……」と呟かれ、言い返せなかった。実際そうだと思ってるしね。


「んで、図書館行けば良いのよね?」


 タクシー乗り場の方を指差して聞くと、指先をガっと掴まれる。


「……待って、どうしてタクシーに乗ろうとするの?」

「え、歩くのめんどいし……」

「私の行動予定に、タクシーはないわ。ここまで来たなら最後まで付き合って」

「……はーい」


 しぶしぶ頷き、バス停の方に視線を向けると「そっちでもなくて!」と視線を遮られる。徒歩かよ。


「歩いて10分くらいのとこだから、……流石にそのくらいは歩けるでしょ?」

「馬鹿にしないで。歩くのが面倒なだけで歩けないわけじゃないもの」

「……あなた、学校までタクシーで行ったことありそうね」

「大雨の時はね」

「…………そう」


 帰りはついでに姫乃や愛梨も乗せて二人を家まで送ったから、厳密には家と学校の往復ではないが――、朝起きて大雨だったから即タクシー手配したのは事実だしね。


 見慣れない街をしばらく歩く。もう日は落ちた時間だが、街中が明るいのでそこまで暗くは感じない。これでもっと離れた沿線に行くと違うだろうけど、駅周辺は思ったより賑わっているようだ。


 仕事が終わったであろうサラリーマンが飲み屋に向かう姿であったり、部活を終えたであろう学生が帰るところであったり――、普段来ない街でも、行き交う人の姿はどこもあまり変わらない。


 図書館に入りまず本を返却した秋川が、ちらりと館内に目を向けるので慌てて止める。


「ちょっ、ちょっと、まだ借りるつもり!?」

「ここの蔵書、私好みだから……」

「そのたびに1時間かけて返しに来るの?」

「……そのつもりだったけど」


 はぁ、と溜息を漏らす。あんたは何のために私の家に居候してんのよ。


「図書館くらい、いくらでも大きいとこあるでしょ。なんなら国会図書館だって行けるのよ?」

「…………それもそうね」


 そうは言ったものの、どこが大きいとこなのか、この図書館より大きいのかは全然知らない。そもそも図書館入ったの、たぶん今日が初めてだ。国会図書館だって、なんか色んな本が置いてあるってことしか知らない。

 物心ついた時から本をほとんど読まずに育ったし、欲しい本は買った方が早いので図書館に行こうと思ったことすらない。人が読んだ本とか、なんか、嫌だし。


「じゃ、返すもん返したら――」

「し、新刊っ、新刊コーナーだけでも……っ!」

「お腹空いたんだけど」

「…………そうね、ごめんなさい」


 ようやっと冷静になった秋川が、名残惜しそうに本を眺めているので、手を引っ掴んで引きずるようにして図書館を出た。自動ドアが閉まるまで、ちらちら後ろを見ていた。


「このへんの店全然知らないんだけど、おすすめの店とかある?」

「……それ私が知ってると思ってる?」

「ごめん、聞いたあたしが悪かった。自分で調べるわ」


 そういえば完全栄養パンだけで生活してる女だった。最近は――、あれ、食べてないのかな? 夕飯はいつも私が選んだのと同じ店で頼んでるし。


 とりあえず目星をつけた店に向かって歩きながら、「そういえばさ、」と口を開く。


「学校に居る間、お昼どうしてるの?」

「昼? パンよ」

「……あのもっさもさのパンね」

「悪い?」

「いや良いも悪いも好きなら止めないけど……、学食とか売店は使わないの?」

「どっちも混んでるから使ったことないわね」

「あらそう」


 まぁ聞いておきながら私も大体はコンビニで買ってくしね。ただレンジとかはないから、暖かいもの食べたい時は学食に行くこともある。確かに混んでるけど、姫乃連れてったら絶対男子が席譲ってくれるし。まぁオマケにナンパもされるんだけど。

 うちの高校は公立高校にしては珍しくちょっと立派な学食があることだけが唯一の自慢らしい。お値段もコンビニでちょっとリッチなサンドイッチ一つ買うくらいの金額でたいていの定食が食べられるし、皆に重宝されてるんだとか。


「今度一緒に行く?」


 しかし、聞いたことを即座に後悔した。なんというか、一言でいうと「うぇ……」みたいな、露骨に嫌そうな顔をしてきたからだ。


「……その、あなた達みたいなリア充――いえ陽キャ――が使う『今度』って言葉が苦手なんだけど、具体的な日付を決めてくれない?」


 めんどくせ。

「めんどくせ」

 口に出ちゃった。


 まぁ、言いたいことも分かるよ。私たちは行きたさ30%くらい――ぶっちゃけ行く気ない時でも「今度行こうねっ!」とか平気で言うからね。

 真面目な秋川チャンにはそれがよほど気に食わないのだろう。友達居なそうだし誰に言われてんのかは知らないけど。


「じゃ、明日」

「明日、ね。……分かったわ。パン買わないでおく」

「いや毎朝買ってんの? あれ結構日持ちするでしょ?」

「色々種類あって、その日の気分で食べるもの変えてるのよ」

「…………そうなんだ」


 いつだかにクラスメイトが食べてたの「飽きた」って分けてくれたことあったから味は知ってるけど、なんかパンとは思えないほど硬いしもさもさだし――、とても美味しいとは思えない代物だったのを覚えてる。何味だったかすら覚えてないわ。

 あれに味のバリエーションがあったとして、そればかりを何カ月も食べ続けて気が狂わないのだろうか。

 無理に食事制限してた頃の私すら、低血糖を避けるために飴やジュースで糖分くらいは摂取していたものだが、秋川は普段水かお茶しか口にしない。つまんなそ。


「あんたも姫乃に感謝する日が来るわよ」

「……それは前からしてるけど、どうして?」

「見れば分かるわ。ま、お昼迎えに行くから」

「え、えぇ……」


 疑問を覚えた様子だが、まぁ聞き返すほどでもないと考えたか、それ以上聞かれなかった。


 適当に選んだ店は、まぁ適当に選んだなりの味だった。今度はもうちょっとちゃんと調べてから行こう。折角自由に使えるお金と時間があるんだから、一食一食を大切に生きたいんだよ、どっかの誰かさんと違ってね。

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