第20話
「おーはよ」
今度からはもう少し早起きしないとな、なんて考えながら教室に入り、爪を磨く愛梨と、向かい合うように座ってスマホを眺めている姫乃の二人に声を掛けると、二人はほぼ同時に顔を上げる。
――なんだか教室が騒がしい。ちらちら私を見てる子も居る。
「なんかあったの?」
「さぁ? なんかイチキ? って名前が出てるけど、誰?」
「あー……」愛梨に教えられ、一瞬で察した。
「おはよ、時の人」
姫乃がニヤニヤした顔で言ってくるので、「うっさい」とチョップ。
「えっなになに、姫乃なんか知ってんの?」
「テレビでねー、」
「テレビ? 俳優かなんかの名前?」
「……あたしがテレビに映ってたの。それ見た人が居たんじゃない?」
「えっなんで? 犯罪? 不倫?」
「してねーわ。現役時代あんま仲良くなかった奴と一緒に居るとこでさ」
「別れた彼氏?」
「……女よ」
「彼女ってこと!?」
「ちげーわ」
近くの席に座ってた女子が「えっ」とこちらを見てくる。違うっつーの。
全日本後のスポーツ新聞の一面は明城さんだったけど、ちっさく私のことも書かれてたのよね。流石に写真とかはなかったけど。まぁ高校生でスポーツ新聞読んでる子はそうそう居ないだろうから、ネットニュースかなんかだろうが。
まぁ、物珍しさだろう。げんに愛梨と姫乃以外は誰も話しかけに来ない。
私の現役時代――ジュニアの大会がテレビ中継されることはほとんどなかったけど、今回は全国的にテレビ中継もされるシニアの大会での出来事である。
高校入学時点で引退していた私について、2位ちゃんみたいな分かりやすくキャッチーなあだ名とか、ネットで聞きかじった噂でしか活躍を知らない生徒がほとんどのはずだから、本当に私が業界で有名だったことを知って驚いた、とかそんな程度だと思う。
私も帰ってから録画で見たけど、解説をしていたのが私や市来奏とノービスもジュニアも被ってる4個上の先輩だから、私たちのことを噂以上に知っててめっちゃ楽しそうに険悪エピソード話してたわ。
普通テレビ中継で試合に出てもないそれどころかシニアに上がってすらいない観客の話とかしないんだわ。
「そういえば、秋川さんとはどうなの?」
メイクの続きをするために化粧ポーチを開くと、姫乃がそう聞いてくる。
「どうって?」
「や、一緒に暮らしてんでしょ?」
嬉しそうな顔した愛梨は「やっぱり付き合ってるの!?」と騒ぎ出すので「付き合ってない」と即答する。
「あいつが作るの、毎朝パンなのよね」
「……それで?」
「え、結構キツくない? あたしたまにはお米食べたいんだけど」
「夜に食べれば良いんじゃないの? 夜は作って貰ってないんでしょ?」
「それはそうなんだけど……、飽きない?」
姫乃は「別に?」、愛梨は「朝食べなーい」と返ってくる。うーん参考にならん。
パン以外も卵と加工肉と野菜くらいでほとんど同じメニューなので、7日目にしていい加減に飽きてきた。善意で作ってくれてるだろうからあんまり文句は言いづらいんだけど。
そもそも秋川、完全栄養パンだけで生活してたことから分かるように、食事に飽きるって概念がなさそうなのよね。これで夜も作るとか言い出したら流石に全力で止めるわ。
「なんかその不満、同棲したてのカップルみたいじゃない?」
「……は?」
「あっ、分かるー、全然知らないうちは大好きだったのにちょっと長く一緒に居るとムカつくとこ見えてくるんだよねー」
「は??」
うんうんと頷き合う二人を見て、「はぁ……」と溜息が漏れる。恋愛経験豊富な二人はこの手の話で全く参考にならないわ。
「ってかひなみと一緒に暮らしてる子のこと見に行きたいんだけどっ、秋川ってどこの誰?」
「隣のクラス」
「……そんなの居たっけ?」
「影うっすい奴だから、愛梨も見覚えないんじゃないかな」
「かなー? えー、ひなみってそういうのがタイプだったんだ」
「違うけど!?」
まずタイプ以前に女同士だからね。それにアイツとは、今ではまぁ普通かもだけど前までクッソ仲悪かったし。じゃあお前のタイプはどんなのよって聞かれても上手く答えられないけど……。私よりスケート上手い奴とか……?
……それだと秋川がモロ該当するから今のナシで。ぶんぶん首振ってると、何が楽しいか姫乃がけらけら笑ってくる。
雑談しながらメイクを終えるとほぼ同時に、担任が教室に入ってくる。「始業式始まるから移動しろー」と言われ、ぞろぞろと教室を出て行くクラスメイトたち。
廊下に出ると、――隣のクラスからちょうど出てきた秋川と目が合った。
姫乃が「おはー」と手を振るが、秋川はペコリと頭を下げただけで小走りで体育館へ向かって行った。愛想悪いわね。……まぁ昔よりはマシか。
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