第12話
「ね、君ら女子二人でイブデート?」
「もしかしてそういう関係だったり?」
「てかこの二人、なんかテレビとかで見たことあるような……」
街歩き開始5分。男3人組に進行方向を遮られるようにして話しかけられた私たちは、溜息交じりに立ち止まる。イブに男3人でナンパって、ホント暇ねコイツら。
面倒なので無視して行こうかと思ったら、秋川が前に出る。
「顔を見て誰か分からないような人間に、私達を楽しませることが出来るとは到底思えないのだけれど? 世界に誇れる特技でも持ってたら今すぐここで披露して貰える?」
急にフルスロットルになったので、私の方がドン引きして「うわぁ……」なんて声漏らしちゃう。あんたそれ私以外に出来たのね、私にだけ強い口調なんだと思ってたわよ。
私がこの場で披露出来る特技……、ないわねっ! 現役時代は地面の上でも3回転アクセル出来たんだけど、今は絶対無理。
「おっ、当てろってことでしょ!? 雑誌モデルとかだと思うんだけどお前は?」
「いやテレビだろ、若いしアイドル……って感じじゃないし、歌手でもないし、なんだ?」
「いやー、なんか芸能人じゃない気がするんだけどなぁ……スポーツとか……」
ギリギリ気付く可能性がありそうなのはモブCね。まぁ無理でしょうけど。
そもそも私だって、顔見合わせた秋川が気付かないくらいには現役時代と雰囲気違うし、昔は化粧も今よりずっと薄かった。
秋川なんて――、いやこいつ、こんな可愛かったっけ?
セットもメイクもしたの自分なんだけど、信じられないくらい可愛くなってビックリ。天才ね、私。
私と姫乃の、……次くらいには可愛いわ。ごめん、私と姫乃には勝てないわ。
それでもまぁ、そこらの地下アイドルより可愛いと思う。顔ちっさいし髪も整ってるし、正統派アイドルグループの脇に居る子くらいにはなった。
そりゃこんな美少女二人がイブに街歩いてたら声掛けられるわよ、仕方ない。
「はぁ……」
大きな声で溜息を吐いた秋川は、告げる。
「お金もない、知識もない、教養もない、そして何より品性が足りない。行きましょう。この人たちと関わってる時間が無駄よ」
「あんたねぇ……」
そう言ってのけ、私の手を強引に掴んで3人組の脇を通ろうとしたところ――、男Aが、急に手を伸ばしてきた。
秋川の肩を掴むように手が伸びたのが見えたので、――慌てて払いのける。煽られて手が出る奴も居るのよ。だからいくらナンパ相手でも煽りすぎは良くないの。
「何? 痴漢? 大声でも出せばいいの?」
「おま、お前ら、ちょっと可愛いからって調子に――」
「秋川ぁ、あんた可愛いって。褒められてるわよ」
「下品な人に褒められても全然嬉しくないわ」
「だそうでー、んじゃ、また来世でねー」
流石にこれ以上は追撃してこないかな、と判断し、秋川の手を引くように先に進む。
ちらりと振り返ると、――呆然と立ち尽くす男3人が、視界に映った。ふぅ、なんとか撃退成功、と。
「……あなた、いつもこんななの?」
「いや、流石に……、って言いたいとこだけど、姫乃と二人でいる時は割とこんな感じね、買い物してるだけでざっと10回はナンパされるわ」
「…………」
目的の電気屋に辿り着くまで、ナンパされた回数は実に4回。最初は威勢よく追い払っていた秋川だったが、3組目あたりから面倒になったのか「……キモッ」の一言で流してた。あれ本当に相手に与えるダメージデカいのよね。
まぁ気持ちは分かる。あっちだって駄目元で声掛けてきてんのにちゃんと対応すんの面倒なの。ナンパなんて会話を成立させる時点で失敗なこと、慣れてないから分かってないんだろうなぁ。
今の秋川は一人で買い物行ってるだけでそれなりに声掛けられそうな見た目ではあるけど、前までは違っただろうしね。呪いの日本人形に好き好んでナンパする男はいまい。
家電量販店のスマホコーナーに行くと、店員を呼びつけ、在庫チェック。ニッコリ笑顔で「はいございますっ!」と返した女の店員に、新規契約したい旨を伝える。
しばらく書類作成を待ってるうちに母に連絡、親権者の同意書を店舗にメールで送ってもらう。「スマホ新しいの欲しいんだけど」としか伝えてないのに細かいことを聞いてこないあたり、母も母とて生まれも育ちもお嬢様だ。娘の行動をあんまり気にしてないんだと思う。
あっという間に契約が進み、最後に端末代と初月の月額料金をカード一括で支払う。17万だった。一番いいモデルにしたから、学割とかで割引されてもまぁまぁなお値段する。
説明聞いて、端末受け取って初期設定して――「はい」、秋川にそれを渡した。
「え?」
「あげる」
「待って!?」
「何を? もう契約しちゃったわよ」
「あなたのじゃなかったの!?」
「持ってるわよ。っていうか自分のスマホ買うのにあんた連れてくる必要ないでしょ」
はい、と見せる。去年くらいに買った最新モデル。
値段は忘れたけど、そんな高くない。私手ちっさいからあんまり大きいスマホ使えないのよ。小型のって大型に比べると種類少ないから、その中でもスペック高く使いやすいUIのものを選んだけど、17万もはしなかったと思う。たぶん10万くらい。
「要らないなら解約するわ」
カウンターに座ったまま話していたので、契約の手続きしてくれてた店員の女の人が「え」と声を漏らし固まった。
「すみませんやっぱこいつ要らないみたいなんで――」
「いっ、要る! 要ります!!」
「……どっち」
「…………お借りします」
「あげるっつってんの」
「で、でも、月額料金とか……」
「データ通信量一番多いプラン入れてもらったけど、何? 気になるの?」
「なるに決まってるでしょう!?」
「なんで?」
「なんで……、だってそれ、あなたが毎月お金払うことになるんでしょ……?」
「そうだけど、何?」
これからかかる費用を思えば、端末代17万、月額1万円ぽっちなんて安い先行投資でしかないことを、分かってないんだな。
「あんた現役に戻るってことは、毎日万単位の金が飛ぶ生活に戻るってことなのよ。それ分かってる?」
「…………」
「まぁあんたはお金のこと何も相談されなかったんだろうけど、いつかまとめて返してもらうから気にしないで。ってかあんたね、あたしがいくらお金持ってると思ってんの?」
「…………え?」
財布を見せつけて得意げな顔をしたいとこだが、たぶんこいつハイブランド知らないだろうしな。見せたところで通じなそう。
なら財布のレシート入れてるとこに、――あったあった。先週くらいにコンビニでお金下ろした時の明細。捨ててなくて良かったわ。
「見なさい」
「……えっと、百、ここが十万……」
慣れない手つきで残高を数えていた秋川の指が、止まる。
「見間違い? ……3億円くらい入ってることになってるんだけど」
「見間違いじゃないわよ」
「どういうこと……?」
「去年までで自分で稼いだお金と、あとはお小遣いとか?」
流石に店員さんもドン引きしてる。というか、近くに居て話聞こえてた店員さんとかお客さん、みんなこっち凝視してる。秋川は気付いてないみたいだけど。
まぁ、注目されることに慣れきってる私は、別になんとも思わない。
「あたしね、人生でお金に困ったことないの。何にお金使っても誰にも何も言われないわ」
「……え?」
「見たら分かるでしょ。お金持ちなの。スマホが17万? 月額1万円? そんなの、増えるペースの方が何十倍も早いわよ」
「まだ増えてるの!?」
「減ったの見たことないから、増えてるんでしょうね」
私、通帳の印字したことないのよね。部屋のどっかにはあると思うんだけど。
だって使い切れないほどあるのよ。増減なんて興味なくなるに決まってるじゃない。
物心ついた時からお金に困ったことはないけれど、人に奢ったり、お金を貸すことはない。それを当たり前のようにしていたら、お金目当てに卑しい人間しか集まらなくなるから、絶対やめろとお爺ちゃんに言われて育ったのだ。
高校入ってからも「お金余ってるなら奢ってよー」と厚かましい子とは距離を置くようにしているから、今一緒に居る愛梨や姫乃は、そんなこと一切口にしないタイプだ。
じゃあ、今どうして秋川にスマホを買ってあげたのか――
これも先行投資だから、と自分を納得させる。どうせこいつが現役に戻ったらすぐ取り返せる程度だ。
渋々受け取った秋川はスマホを操作する。ふと画面を見ると、とあるニュース記事の写真を原寸大で保存して壁紙に設定していた。
「ねぇ」
「何」
「それあたしよね」
私が現役時代に得意のジャンプで相当高い加点貰った時の写真ね。結果は2位だったけど。
「そうだけど何? 文句あるの?」
開き直ったように秋川が言うので、スマホを奪おうとし、――失敗。いやこいつ力つっよ。全然取れないんだけど? 私の力が弱すぎるだけ?
「やめて」
「嫌」
「あたしが買ったスマホでしょ」
「さっき得意げな顔して『あげる』って言われたけど、あれは聞き間違いだった?」
「……あーっ! そうだけど!? もう好きにして!」
言い合ってると、「あ、あのー……」と店員さんが申し訳なさそうに声を掛けてくる。
後ろに他のお客さんが待ってるわけではなさそうだが、流石にこんなところで話を続けてるのは迷惑そうだ。
「……すみません、お騒がせしました。ほら、行くわよ」
先に席から立ち、つい癖で手を差し出してしまうと、――秋川はなんの躊躇いもなく私の手を取った。
私、弟が3人居るの。構いたがりな性格は、きっと根が長女なせい。――そのはずだ。
「だいぶ遅くなっちゃったわね……」
ぶらっと店内をうろついた後に外に出ると、時刻は20時を回っていた。お昼食べたっきり何も食べずにここまで来たから、空腹レベルは相当上がってる。
「夕飯、食べてくで良いでしょ?」
「そうね。……どこも混んでそうだけど」
「まぁイブだしね……、食べたいものとかある?」
「あなたが好きなもので良いわよ」
「そ。……じゃ、何にしても文句言わないでよ」
ナンパしてきそうな男を回避しながら、駅ビルの飲食店フロアを目指し歩きながら聞く。
「あんた普段何食べてるの? 一人暮らししてるんでしょ?」
「コンビニで売ってるパンだけど」
「菓子パン?」
「じゃなくて、完全栄養食のやつ」
「あー……、あのパサパサした変な味の。なんで? 好きなの?」
「別に」
「……まさか、あれだけ食べてれば一日分の栄養全部摂れるからとか、そういうことなの!?」
「そんな驚くこと? 効率的じゃない。食事を選ぶ時間が短縮できるし、栄養が偏ることもないもの」
「あ、ありえねー……」
流石にドン引きよ。現役時代はもうちょっと色々食べてたでしょ。ただあの時は、……そっか、親が居たからか。
しかし、味覚がないとか、食事に快楽を覚えてないってわけでもないはず。ランチは美味しそうに食べてたし。ただ単に『選択』をしていないだけなのだ。スケート以外に興味なさすぎでしょ。引くわー。
「ま、ここでいっか」
もう夕飯にしては遅い時間だが、クリスマスイブということもあり駅ビルのレストラン街はどこの店もまだ混んでいた。そんな中で待ちがなく空いていた店を見かけ、入る。
――まぁ、人気ない理由は焼肉屋だからである。
気合入れたオシャレな服に、肉の脂が焦げた香りをつけたり口が臭くなるのは避けたいところだろう。独り身の女には関係ないけどね。
「そういえばあんた、なんでこっちの高校通ってんの? 名古屋でしょ?」
適当に注文をして、肉が届くのを待つ間に質問する。
ノービス時代に顔合わせたこともなかった理由、エリアが違ったからなのよね。私が東京ブロックで、秋川は中部ブロックだった。ノービス時代は一度も全日本に出場しなかった秋川とは、一度として同じ大会に出場したことはなかった。
「えぇ、市来の家は名古屋にあったからね」
「あっ、そうなの。じゃあ今は実家?」
「実家……、ってわけでもないわね。母方の祖母の家がこっちにあって、まぁ祖母は私が生まれる前に亡くなってるんだけど」
「あー、……家だけ残ってたパターンね」
コクリ、と頷いた。そういうことね。
いつも遠征に着いてきていたこいつの母親は、まず間違いなく働いていなかった。
そんな人が離婚して娘と二人で暮らそうとしたら、出来るだけ出費を抑えたくなるものだろう。そこで削ったのが家賃、というわけだ。
「あんたのお母さん、帰ってこないんでしょ? 今何してるか知ってるの?」
「さぁ」
「……興味ないことに対するその反応の薄さ、なんなの?」
「お金は置いてくれてるわよ。毎月3万円」
「…………それだけで生活してるの?」
至極当然といった顔で「えぇ」と返され、今月の自分の出費を思い返す。うーん、化粧品だけで余裕で越えてるわね。なんなら今日のランチで2万円使ったわ。
「1日1000円って、もう食費でなくなる程度じゃない」
「そうね」
「でもそれだけあれば携帯料金くらい払えたんじゃないの?」
「お生憎様。連絡する相手も居ませんし」
むすっとした口調で言われ、あの軽口結構傷ついてたのかな、とちょっと反省。
ま、今後は違う。私があげたスマホ、さっきからずっと大事そうに持ってるし。そういえばカバーとか付けてないから落としたら粉々ね。まぁ自分でなんとかするでしょう。
少し待っていると、色とりどり――といってもほとんど真っ赤だが――生肉がテーブルに並んでいく。
「た、頼みすぎじゃない……?」
「そう? 愛梨と二人で焼肉する時はもっとすごいわよ」
「もっと!?」
色んな種類のお肉を頼んだけど、1人前ずつだ。秋川がどの部位どの肉が好きか分からないからね。姫乃は牛タンばっか食べるし、愛梨はカルビみたいな脂っぽいものばっか食べる。若さ故の特権ね。私は赤身が好き。
「……一応聞いておくけど、焼肉奉行とかそういうタイプじゃないわよね」
「違うわ。っていうか、」
「ていうか?」
「…………恥ずかしいけど、自分で焼いて食べたことないの。焼肉屋に入った経験だって、韓国で1回行っただけ」
「あー…………」
ウチはお父さんもお母さんもお肉大好きだったから小学生の時から頻繁に焼肉食べに行ってたけど、親が別に好きじゃなかったら行くこともないのか。
一人になってからはパンしか食べてないみたいだし、そういう経験がないのも仕方ない。お嬢様あるあるだ。漫画のお嬢様みたいにハンバーガーショップ連れてくだけで感動しそうだなこいつ。
「じゃ、適当に焼いてくから、食べてあんまり好きじゃない部位あったら教えて。それはあたしが食べるから」
「え、えぇ、お願いするわ……」
全てを他人に任せるしかないこの状況に慣れないのか、やけにしおらしい。ちょっとだけ笑えてきた。
いつもは自分の領土とかを決めて各々好きなものを焼くスタイルだが、一人で管理していいのなら網全体を使って――
「ふぅ……」
「本当によく食べるわね……」
「そう? まぁ食べるの好きだしね」
「……それでよくあんなダイエット出来たわね」
「ホントにね」
塩おにぎり半分生活を思い出し、苦笑が漏れる。1年ちょっと前のことなのに、遠い昔のことのようだ。
どうせ金額とかは見てないから肉を焼き続けるでも良かったが、秋川が最初数枚食べて「ご飯頼んでいい?」なんて言い出したので即白米(大盛り)を2杯注文し、そこからも肉がなくなるたびに追加注文して、しまいにゃ白米のお代わりまでして――、食べ盛りの高校生らしく、とんでもない量を食べてしまった。お腹ぱんぱんよ。
「んで、秋川さ」
「何?」
「ウチ泊まってく?」
「…………は?」
いやそんな変なこと言った? 開始時間遅いしのんびり食べてたのもあって、もう22時過ぎてるのよね。
「あんた家、立川って言ってたでしょ? それもどうせ主要駅じゃなくバスとかモノレールでしか行けないような辺鄙なとこ」
「…………そうね」
「こっから立川まで30分くらい、徒歩とか電車待ち時間考慮したら間違いなく23時回るわけだけど、補導されずに家まで帰れる自信ある?」
「ほどう…………、あっ」
真面目ちゃんだからたぶんそういう経験ないんだろうなー。
私は割とよくある。姫乃と一緒に居る時は姫乃があまりにパトロール中の警察を回避するの上手すぎて0時回っても大丈夫なんだけど、愛梨と二人だったらほぼアウトだ。
「しかもあんた、制服だし。補導してくださいって言ってるようなもんじゃない」
「そうね……」
「どうすんの?」
「…………じゃあ、1泊お願いできるかしら」
「はいはーい」
素直になった秋川、なんかやりにくいなぁ。
そんなこと考えながら駅ビルを出て、電車に乗るのも面倒だったので駅前でタクシーを拾ってマンションに直帰した。タクシー運転手は女子高生二人がタクシーでまぁまぁな距離を移動することに驚いていた様子だったが、マンションに着いて察していた。
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