第11話
ハサミをテーブルに置いて、スマホを手にする。
連絡先から目的の相手を探し出し通話ボタンを押すと、プルルルルと電子音。
『もしもし?』
「久し振り、今長野でしょ?」
『あ、テレビ見てた?』
「うん、観客席に居るとこめっちゃアップで映ってたよ。んで、相談なんだけど」
『何?』
「市来奏に興味ない?」
「え?」
馬鹿面がこちらを見る。
『おー、良い子見つけたねぇ』
「指導料は出世払いで」
『利子は高いよ?』
「余裕よ」
『ただ僕これからインストラクター講習とか受けないといけないから、コーチ始められるのは来年くらいになるかもだけど、それでも大丈夫?』
「えぇ、記者会見とかもあるだろうしね」
『そういうのはひなちゃんのが慣れてるかな?』
「流石にそっちのが慣れてるでしょ……。結局独立するの? それとも元鞘?」
『独立予定だけど、集まる人材次第かなぁ。流石に一人じゃどうしようもないし』
「よね。ま、予定決まったら教えて。こっちはしばらく空いてるし」
『りょーかい。えーと、ひなちゃん今16だっけ?』
「えぇ」
『おっけー、じゃ、また連絡するねー』
プチリと電話が切れたので、秋川に伝える。
「言質取れたわよ」
「え、今の電話って……」
「油谷くん」
あ、またテレビ映った。選手を映してやりなさいよ。呑気に手ぇ振ってないでさ。
そりゃ無名のベテラン選手より野生のオリンピック金メダリスト映してた方が視聴率稼げるでしょうけど、一応大会の中継してんだからさ。
「……私まだ承諾とか伝えてないんだけど」
「するでしょ」
「お金だって――」
「必要な分は、私が出すわ」
「…………え?」
「油谷くん、今年の年収いくらあると思う?」
「い、いくらあるの……?」
前聞いて私でもドン引きしちゃったのよね。
「40億ちょっとだって。スポンサーにCMにグッズ収入にアイスショー出演にテレビに自叙伝の印税にまぁ色々。競技引退して、これからはもっと増えるでしょうね」
「よんじゅうおく……?」
「彼にとっちゃ月100万、年間1000万ぽっちの指導料なんて、はした金ってことよ」
「…………」
ドン引きしちゃった。でもまぁ、そういうもんでしょ。年収40億の人間にとっての1000万は、年収200万の人にとっての5000円と変わらないのよ。あれば嬉しいけど、なくても問題ない程度。
スケート以外でお金を使う趣味もなく、収入のほとんどを寄付していたらしいけど、それでも生涯生活に困らないくらいの額は現役時代だけで余裕で稼げている。
「指導料以外は流石に実費になっちゃうから、私が建て替えとくわ。返せる時に返して。あんたならシニアに上がったらすぐ億稼げるようになるでしょ」
「そんなわけないでしょ!?」
「……え、むしろ稼げないと思ってるの?」
「稼げるわけ、……え?」
「あたしが出てるCM、見たことある?」
「あ、あるけど……」
恥ずかしいけど、まぁ有名になったら仕方ないかなと、私は現役時代に何度かCMに出演している。現役引退してそんな声は一切かからなくなったけど、ジュニア選手であってもスケート以外でお金を稼ぐことは出来るのだ。
「あんたはそういうの一切やらなかったから知らないだろうけど、CMなんて1本出るだけで1000万とかザラよ。あたしも現役時代、ウチの会社の分も含めたら10本以上CM出てたし、広告とかにも顔出してたから毎年億は稼いでたはずよ」
「え?」
「あんたのこれまでのマネージャー、誰? そいつまた拾ってくる?」
「え、いやあの、マネージャーなんて……」
「あー、お母さんが全部やってたやつね」
小さく頷かれた。まぁ、他に帯同してる人見たことないしそんな気はしてたけど、やっぱりそうか。
普通はジュニアのうちに今後を見越して専属マネジメント契約結ぶもんなんだけど、市来奏はメディア露出とは真逆なタイプで、大会以外はテレビに映ることなんて一切なかった。そういう選手も、まぁたまには居る。
「……まぁマネージャーくらいあたしがすればいっか」
「え?」
「はじめの方はそんな仕事ないだろうし――、んじゃ、あとはアレね」
「アレ?」
「記者会見」
「しないわよ!?」
「したくなくてもするのよ」
自分がどんな扱いをされるか、本当に分かってないんだな。
これからこいつは、ただの天才少女ではいられないのに。
「あんたは世界王者油谷慎吾の最初の弟子になるんだから、メディアからの注目度、今までと比べ物にならないほど上がるわよ? 普通に学校通ってるだけで大手週刊誌が交友関係漁るためにバズーカみたいな望遠レンズつけたカメラ向けてくるし、クラスメイト――どころか同じ学校に通ってるだけで記者に声掛けられるレベルね」
「えっ、いやあの、その話もまだ承諾したわけじゃ――、勝手に話進めないで貰える?」
「じゃあ、何?」
はぁ、と溜息が漏れる。ここまでお膳立てされて、まだ躊躇うか。
「あたしが見てる。だから、あんただけでもあっちに戻れ。……これで満足?」
「…………」
そう言うと、秋川は、
――俯いて、顔を真っ赤にした。
頬を抑えて、「あぅ……」なんてらしくない声を漏らして。
「……顔上げて」
「む、無理」
「髪、切るから」
「…………はい」
真っ赤な顔が、鏡に映る。
それに気付いた秋川は、鏡から慌てて顔を逸らしてテレビに目を向ける。
「ホントにさぁ」
「…………なに」
「あんたチョロいわね」
「は?」
「だってあんた……、」
何かを言おうとして、口が開かれ――、
これを言って良いものなのか少し悩み、まぁ恥ずかしくもないな、と続ける。
「……あたしのこと、好きすぎでしょ」
「ハァ?」
「いやだって、見てるから戻れって言われただけで顔真っ赤にしてさ、」
「当たり前ですけど!?」
「何がよ」
「憧れの人が、私をずっと見てくれるって言うんだから、そりゃあ、……私だって、照れもするわよ」
「憧れの人、ねぇ……」
「悪い?」
照れじゃなくて本気のキレ顔で、鏡越しにこっちを見てくる。
――そうそう、やっぱこいつは、この顔だよね。
「悪くない。あたしだって、自分が他人だったら絶対憧れてたし」
「……尋常じゃないナルシストね」
「悪い?」
先と同じ言葉を返すと、一瞬硬直した秋川は、「あははっ、」と笑い声を漏らす。
「……あんた、笑う機能あったのね」
「馬鹿にしてる? あなたは人を笑わせる才能がなさすぎるのよ」
「あたしというか、人類みんな無かった気がするけど……」
演技中どころか
ま、こいつのことを敵としか思ってなかった当時の私じゃ、他の感情を引き出すことは出来なかったんでしょうね。
「あ、そういえばあんた、スマホ持ってないのよね」
「……持ち歩いては、いないだけよ」
「同じでしょ。どうせ何年も前のオンボロで動いてるのかも怪しいスマホだろうし、ひょっとしたらガラケーの可能性まで――」
「そっ、そこまでじゃないわよ!?」
「知ってるわよ」
自然に、笑みが零れた。私だって知ってる。こいつのスマホは、5年くらい前に発売された当時最新のスマホだ。合宿とかで見た記憶がある。5年前の最新スマホは現代では型落ちでは済まないという話は置いといて。
「あんた、これ終わってからもどうせ暇でしょ?」
「よっ、用事くらいありますけど? クリスマスイブまで暇なあなたと違ってねっ!」
「アイスダンスか勉強のどっち?」
今やってる男子シングルの後は
「…………ど、どっちでもないし」
絶対どっちかだな。顔真っ赤だ。
クリスマスイブで女一人の状況を煽ることが許されているのは、愛梨みたいな彼氏持ちくらいだ。それ以外なんてどうせ大した予定は入ってない。
「あっそ。暇なら買い物付き合ってくれない?」
「ひ、暇じゃないですけど? ま、まぁ? あなたがどうしてもって言うんなら付き合ってあげなくもないけど……」
「どうしても」
「……じゃあ、付き合うわ」
「わーいうれしー」
「嘘でももうちょっと嬉しそうにしなさいよ……!」
「ま、あと2時間くらいかかるから、それからね」
髪が、恐らく半年以上放置されてたのでぼっさぼさ、細かく枝毛を切ったり長さを整えるだけで一苦労だ。
本当はブリーチくらいまでしたいけど、まぁこいつは黒髪の印象の方が強いし別に色は変えないでいっか。ただイブに外連れだすなら化粧は完璧にキメたいから、うーん、2時間じゃ済まないかも?
「え、あの、私あの2時間もこうしてればいいの?」
「テレビは見えるでしょ? 問題あるの?」
「もう1時間くらいは経ってる気がするけど……」
「そうね」
「……あなたは疲れないの?」
「いや別に」
「そ、そう……」
秋川が聞きたかったのは「疲れないの」ではないだろうな、というのは私でも分かった。
なんかさっきから言葉のキレが悪いな、市来奏じゃないみたいだ。そんなに私と話せたのが嬉しいのかな。まぁ私でも私と話せたら嬉しいだろうしな。
「そろそろ髪流すから移動して貰っていい?」
「えっ、あの、お風呂で!?」
「……洗面台でやるわよ」
「そ、そう……」
なんでちょっとガッカリしてんのよ。人ん
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