第六章 そして私は終わりを告げる
第50話 朝食
儀式の片付けも終わり、私たちは旧館で朝食を食べていた。
焼いてから揚げた薄いパンに肉や野菜を煮込んだ辛いソースを乗せて食べる、エイシャ式の朝食だ。ソースを多めにかけてもらい、ひたひたにして口に入れる。ぴりっとした辛味と酸味が口に広がる。帝都に来る前は毎日食べていた、久しぶりの味だ。
「ん~、やっぱりおいしい」
「いいね、ちょうどいい辛さで目が覚める」
普段あまり食べないサフィールも珍しくおいしそうに食べている。そうでしょうとも。別に自分が作ったわけではないけど誇らしい気持ちになる。
「葵も食べる?」
私はサフィールの肩に乗った葵に向かって器を差し出してみた。葵はまばたきをしてから眉をぎゅっと寄せ、口をへの字にして首を振る。
「ボク、辛いのきらい」
そういってサフィールのフードの中に隠れてしまった。
「ナスカ、意地悪しちゃだめだよ」
アベルが笑いながら言う。葵がサフィールの首のうしろ、さっき潜り込んだ場所とは反対側から顔を出して真剣な顔でうんうんと頷いていた。
どうやら葵はこの小さな姿のままでこの世界に固定されているようだった。この姿自体も精霊たちの存在する世界(葵いわく『むこう側』)の葵とはまた違うようで、私たちが葵と認識している姿と、もともとの葵と、葵自身が認識している葵の姿がごちゃごちゃに混じってしまったものなのだそうだ。
たいていの精霊は、光のようなものやその力を象徴するものの形をとった姿で私たちの前に現れる。見るためには、見るものの素養や場の魔力や見てもらおうとする精霊の意思が必要となってくる。今の葵は固定されてはいるが、いつ『むこう側』に行ってしまっても仕方ない不安定な状態だ。葵が本当に葵としてこの世界に固定されるためには、もっと他の何らかの術式や儀式とたくさんの魔力が必要になるのだろう。
エイシャに伝えられている魔術に、何か精霊を人の姿に変えることができるようなものはないだろうかと思う。サフィールも葵も一緒に居られて幸せそうには見えるが、やっぱりちゃんと結ばれてほしいとは思ってしまう。二人は何も言っていないし勝手な想像ではあるのだけど、何がとは言わないがたぶん色々と不都合があるだろうし。
それにしても……と、私はアベルの方を見る。
彼は見る限り完璧に人間のかたちをしていた。朝食も私たちと同じものを、おいしそうに食べている。
「その……アベルは大丈夫なの? えっと、いろいろと。」
アベルは口の中に入っていたご飯を飲み込んで、頷く。
「うん、すごく調子がいい時みたいな感じだよ。食事もこのひと月のあいだずっと取ってなかったから、余計においしく感じる」
そうにっこりと笑い、でも……とうつむいた。
「食べるのは僕担当だったから、あいつ、ちゃんと食べてるかなぁ……」
カインのことだろう。食べないのにお腹いっぱいになるなんて、私だったら嫌だけど彼はそうではなかったようだ。
「食べないの?」
「うん、その間ずっと本とか読んでた」
アベルが困り顔をする。意外とお行儀が悪い。
彼はたぶん今城の方で暮らしているのだろうが、ちゃんと生活できているのだろうか。というか、ここの使用人たちも私の顔を見ているし、私が旧館に来ているという情報は城の方にも伝わっているだろうに、そちらの方からは何の知らせもない。不思議だ。
でも、ちゃんと話し合う時が来たのだ。
私は、彼のことが気になるからここに来たのだ。私は顔を上げ、皆の顔を見て言う。
「私、お昼に城に行くことにする。カインに会って、エイシャの立場を守るためにこれからどうするかちゃんと話し合いする」
人型を取って一緒に食卓に着いていたカリィが、眉を下げて私を見上げた。
「お主、大丈夫なのか……?」
私は頷いた。
「大丈夫。だけど、カリィも一緒に来てほしい」
「もちろんじゃ」
カリィは真剣な顔でこちらを見つめた。おそらく、カインのそばにはモーマスもそばにいるだろう。学院の時のように戦いになるかもしれない。それに何より、一緒に戦っていた相棒だから、一緒にいてほしい。
「ようやくいきなりちゅっちゅ事件の奴に会いに行くのか……」
「もういいから!」
サフィールが真剣な顔で呟く。カルミアで話を聞いてもらっていた時には説教してほしいとは思ったが、逆に変な知識を仕込みそうな気がしてきた。
「ボクたちも一緒に行く?」
葵が身を乗り出して言う。私は笑顔で首を振った。
「大丈夫、一人で行けるわ」
私はカルミアで買ったジャケットに着替えて、初めて旧館に訪れたときに入った祭壇部屋に向かった。何を着ようか迷ったが、自分を奮い立たせる衣装として選んだ服に決めた。
祭壇部屋にはみんなが集まっていた。棚の上に、儀式のときにアベルの体から離れた金属の塊が安置されている。絢爛な敷布の上に置かれているいびつな形の塊からは、なんの気配もしなかった。
「姉上は、役目を終えたのじゃな」
カリィがぽつりとつぶやいた。白き翼の民がはるか昔に王家に伝えて、ずっと引き継がれてきた神器がひとつ欠けた。
「であれば……、わしに残された時間ももう少し、なのじゃろうな」
カリィが自分の手を見つめてぽつりとつぶやく。言われてみれば、と思う。対になるライラが同じ時期に作られ、同じようにエイシャを守ってきたのであれば、カリィも同じように壊れる運命にあるのだろう。でも、ここまで一緒に来たのに。できるならこれからもずっと一緒にいたい。そう思ってカリィの顔を見る。
「大丈夫、兄上と戦えるだけの力は残っておる。最後まで、お主のそばにおるぞ」
カリィはそう言ってにっと笑った。
「ねぇ、もうどうにもならないの……?」
私はサフィールに問う。彼は困ったような眼をこちらに向けた。
「むりかな……。そもそも俺、自動人形の構造そのものについては詳しくないから。俺たちが一般的に扱う程度の知識しかないんだ」
「じゃあ、神器を開発したっていう知り合いの人に頼んでみるとか?」
「うーん、たぶん、やってはくれないかな……」
サフィールは苦笑いをする。まあ、たぶんそうだろうなと私も思う。
私はライラだったものを見た。本来の役割ではない使われ方で、こうなるまでアベルのことを守ってくれたのだ。たとえ魂がなくたって、そこに魂が生まれることがある……というサフィールの言葉を思い出す。
私はライラに感謝の祈りを捧げて、旧館を出た。
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