第46話 ふたりの夜

 夕食後。私は一つの決意を胸に、渡り廊下のベンチに座っていた。

 廊下の先に目的の相手を認めて、立ち上がって呼び止める。

 

「ちょっと……」


 与えてもらった寝室に帰ろうとするサフィールだ。彼は瞬きをして首を傾げた。


「なに?」


「あ、あの……ね、葵と、一緒に寝なさいよ」


「えっ!? どうした……?」


 サフィールは目を丸くして固まっている。

 それはそうだ。自分でもどうかしたことを言っているのはわかっている。だけど、二人がどこまでの仲なのかは知らないけど、最後になってしまうかもしれない夜なら、きっと過ごしたいと思っているはずだ。だから、伝えなきゃいけない。

 

「夕食の時、葵が私と一緒に寝たいって言ってたんだけど、あんたと一緒の方がいいかもって思って……で、聞いたら、『ご主人様がそうしてほしいなら』って言ってた」


「……そう」


 サフィールは照れたように首元を触っている。

 

「気持ちは嬉しいけど、遠慮しとくよ」


「なんで!?」


「俺は天才つよつよ魔法使いだから、いつかはきっと精霊とも話せるようになるし、葵のこと見つけることができると思う」


「だけど、精霊たちと話すなんて俺たちは誰も成したことがないことだからさ。もしかしたら、ナスカがおばあちゃんになって死んじゃうよりも長い時間かかるかもしれない。その時に後悔したくないからね」


「だから、一緒に時間を過ごしな」


 サフィールはそう言って困ったように笑う。

 

「でも……」


「ていうのは建前で」


「この状況でなくたって、二人きりで一緒に寝るなんかしたら我慢できるわけないから。葵が大人になるまでことはしないって誓ったでしょ」


 だから、気にしなくていいと言われて、私は何も言えなくなってしまう。最後の時間は私よりも想い人に譲るべきと思う心の裏側で、彼はきっと私に譲るだろうと思っていた。実際その通りになって、正直ほっとしている自分がいた。

 私は本当にずるい。そう思いながらも頷いて、後ろを向いて部屋に戻った。

 

 ***


 虫の声が優しく聞こえる部屋の中、私は葵ととりとめのない話をして過ごした。いつの間にか夜風が涼しくなっていて、夜が更けてそろそろ眠る時間になっていることに気が付く。私は窓を閉めて、魔法灯を落とした。

 葵が横になっているベッドにもぐりこむ。

 

「もっと近くに行ってもいいですか?」


 葵の甘くてやさしい声が、少し離れたところから聞こえる。

 私が頷くと葵がもそもそと近寄ってくる。体温が流れてきて、手が触れる。私はその手をぎゅっと握った。葵も合わせるように手を握り返してくる。あの……と、葵が控えめに話しだす。

 

「わたしに魂はないので、メモリーからのお話しかできないんですけど……。でも、ご主人様がご主人様になったので、ナスカ様にお話しできなかったこともお話しできます」


 葵の頭が私の肩に触れる。

 さらさらとした髪と温かいおでこの感触が、私の皮膚に伝わってくる。

 

「『僕』は、前にご主人様だった人にナスカ様を、カリィと一緒にエイシャまで送り届けるように命じられていました。」


「命令を守らなければいけないのは辛かったけど、でも、嬉しかったんです」


「……なんで」


「いつも『僕』に優しくて、傷つけなくて、抱きしめてくれる人と一緒に居られるから」


 葵がぎゅっと抱きついてくる。温かさも、柔らかさも、甘いにおいもそのままだ。どうしようもなく胸が苦しい。そっと寝返って抱きしめ返すと、自然と目の端から涙がこぼれた。このあたたかさが明日には消えてしまうなんて、信じられない。

 

「それに、ご主人様のことも、『僕』とわたしのことも、帝都から外の世界に連れ出してくれたのはナスカ様です。みんなの願いを叶えて、物語の王子様みたいだなぁって思っていました。わたしもそう思います」


 王子様。それは、ずっと私がなりたかったもの。


「私、王子様みたいだった?」


 葵が胸の中でうなずく。

 

「かっこよくて、すてきな……『僕』の、王子様です」

 

「そっか……」


「だけど、ナスカ様もご自分のお願いをかなえたっていいんですよ」



 私の、願い。

 

 

 そういえば、どうして自分は王子様になりたかったんだろうと思いを巡らせる。

 私は女の子で、エイシャの王女だ。どう願ったって王子様になんてなれない。でも、あこがれていた物語の王子様には、どうしてか本当になることができると信じていた。今からでも、なれるだろうか。もし、それが可能だとしたら……。


 そこまで考えて、はっとした。

 そうか、私の願い。ずっと見えなかったけど、見つけたかもしれない。



「……分かった」


 私は葵を強く強く抱きしめた。

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