第44話 私の記憶

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***


 城を望む丘の上、黄金色の草がなびいている。

 大地がきらきらと光っていた。今日は収穫祭の日。大教皇である母が祈りを捧げたから、大地が喜んでいるのだ、と思った。私はそばで喜びの歌を歌っている大地の精霊に触れる。精霊は、温かくてすべすべしていた。

 

「私も、母様みたいになれるかな……?」


 私は胸に抱いているぬいぐるみを握りしめる。遠く北の国、帝国という国の玩具。母様が私に贈ってくれたもの。よくわからないけれど、エイシャはその帝国の一部になったらしい。じゃあ、エイシャはこれからどうなっていくのだろうという事をぼんやりと考えていた。

 

 これは、私が十になった頃の記憶だ。

 

 私は立ち上がって城に帰る道を急ぐ。

 だが、何を思ったのか逆方向に歩いて行ってしまった。正直今もよくあるのだが、頭に思った方向と逆の道に進んでしまうのだ。丘を下りたどり着いた先は、深い森の中にある館――エイシャ城の旧館だった。父に行かないように言いつけられていた場所だ。

 

 そこは古くて誰もいないように見えるのに、怖くはなかった。なんというか、生きている気がしたからだ。庭はきれいに掃除されていて、花も手入れされて綺麗な花を咲かせている。

 誰かいないかときょろきょろしていると、一番大きな館の窓が開いていることに気が付いた。私はどきどきしながら駆け出す。

 

 ……が、あまりにも窓の方ばかり見ていたので、足元の石に気が付かなかった。盛大にこけて、手に持っていたぬいぐるみを手放してしまった。ぬいぐるみはきれいな放物線を描いて窓の中に飛び込んだ。

 

「あっ……!!」


 どうしよう、貴重なものだと聞いたのに、なくしたと知られたら怒られる。おろおろしていると、窓の向こうで誰かが話している気配がした。幸運にも中に誰かがいるのかもしれない。

 

「あーのっ!」


 私は窓に向かって声をかける。話をしている気配がするがこちらに返事をしては来ない。

 

「誰か、いるの?」


 また何かひそひそと話をしている気配。もしかして、返してくれないつもりだろうか。私は少し悲しくなってきて、肩を落とす。声が震えた。

 

「あの……」


 涙が出てきた。泣いちゃいけないってわかっているのに、しゃくりあげてしまう。

 

「誰かいるなら……、お願いします。ころんで……窓の中、入っちゃって」


 私は祈るように声をかける。やはり、返事はない。帰ろうかと一瞬思った瞬間、窓からぬいぐるみが顔を出した。

 

「おい、お前」


 ぬいぐるみが挨拶をするように手を上げた。

 

「お前がしっかり持ってないからこうなるんだぞ。大事な物なら、離さないようにしっかり持っておけ」


 誰かの声だ。ぶっきらぼうだけど、優しい声。

 

「……うん」


 私はゆっくり近づいて、ぬいぐるみを持っているその手に触れた。少しだけ大きくて、ひんやりした手。大人の手じゃなくて同じくらいの歳の子だ。私は、嬉しくなってその手をぎゅっと握る。

 

「ありがと」


「ねぇ、どうして隠れてるの」


 窓の向こうから別の声が聞こえる。こんどは、優しくて穏やかな声。


「それはね、キミが怖がらないようにだよ」


 どうしてそんなことを言うのだろうと思った。私は否定する。

 

「怖くなんてないわ。あなたの手、私と同じだもの」


 しばしの沈黙が流れ、窓の奥にいた、手の主が立ち上がった。四つの目が私を見おろす。

 

「俺は、お前と同じか?」


 それは……一人と言えばいいのか、二人と言えばいいのか。その体は肩のところで繋がり、一つになっていた。見たことのない姿の二人に、私は少しだけ驚いていた。

 だが、それ以上に私を驚かせた事があった。

 

「あ、あなた……男の子ね!」


「……は?」


 声の感じからわからなかったが、彼は、少年だった。城の中には同じ年くらいの男の子はいなくて、そして、母の従者に男性には触れぬようにと硬く言いつけられていたのに、手を握ってしまったなんて。

 

「ど、どうしよう……私、殿方には触らないようにって……モーマスが」


 男の子たちは一瞬戸惑うようにお互い目線を合わせて、私をなだめるように左手を動かした。

 

「ええと、誰も見てないから大丈夫じゃないかな……?」


「そうだ、言いつけたりもしない」


 困る私に二人とも優しい声をかけてくれる。私は彼らに自分の名を名乗り、友達になろうと伝えた。それが、彼らとの出会いだった。

 私は何度も隠れて旧館に訪れては、彼らと話をして過ごした。彼らはセルヴァという一つの名前だけを与えられていた。ほかには、カインとアベルという古い伝承の名前を与えられて、呼ばれていた。私はその伝承の名でそれぞれを呼ぶことにした。

 

 カインは少し無愛想で、星と精霊とエイシャの歴史の話が好き。アベルは穏やかで、花と神様の話が好きだった。それぞれ違いはあったけど、どちらも優しくて、二人と会っている時間が本当に幸せで、大好きだった。


 ***


 そして、二年の時が流れた。

 私は母様のベッドの横で座っていた。

 目の前にあったのは、かさかさになってやせ細った手。私は両手でその手のひらをさすっていた。母様は私に笑顔を送った。反対側の手が少し動いたのは、私の頬を撫でようとしたからだろうか。もう、そんな力なんて残っていないのに。

 私の手が、今よりも日に焼けて小さな手が、母様の手を導いて自分の頬に当てる。

 

「母様……。大丈夫。私、平気よ。何度も練習したもの」


 母様は、私が儀式をちゃんとできるかどうか心配していた。本来であれば十八の成人の歳にやるべき儀式なのだ。

 十八を迎えた夜明けの日に、薬で眠らせた先代の大教皇の心臓を精霊たちに捧げる儀式。儀礼剣だけを使って、一人で成さなければいけなかった。大変な儀式だったけれど、私は夢の通りに、それをやって見せたのだった。


そして、その日の夕刻。昼までの晴れ間とは打って変わって、しとしとと雨が降っていた。私は従者のモーマスとともに旧館を訪れていた。


「母様が……亡くなられたの」


「それでね、私、帝都に行かなくちゃならなくなったの。だから、今日は特別に――正式に来させてもらったの」


「帝都?」


 二人は、帝都という言葉にぴんと来てはいなかったようだった。帝国のこともきっと知らされていないのだろう。そんな彼らに、これからのことを説明するのは胸が苦しかった。

 

「然様に」


 モーマスが口を開く。

 

「海を越えた北の大陸。魔女たちと魔族の土地の上に立つ都にございます。御母上キヤ様の命を奪い、エイシャを国ではなくした者たちの都です」

「彼女は、そこで人質になります」


「人質って……」


 アベルが驚いたように言う。

 

「……そうなの。だから、」


 息が詰まって、言葉が継げない。本当は、私だってそうしたくない。

 

「だから……もう、会えない」


「本当は、お兄ちゃんたちもそうしなきゃいけないみたいなの。でも、大丈夫だから」


 そう、私は帝都に行って強くなる。私は、強くなって二人を守るんだ。

 

「だからって、君一人が背負う事なんて……」


 アベルが私に手を伸ばす。モーマスの扇がその手を叩いた。

 

「お待ちを。彼女に触れてはあきません」

「彼女は太陽の乙女アクリャ。王以外の者が触れることは許されぬ掟ですえ」


「……」

「なら、俺が王になる!」


 カインが右手を握りしめて叫んだ。

 

「他に何人いるかは知らないが、俺だってエイシャの血を継ぐ者だ。王になって、お前を取り返しに行く!」


 カインの金色の瞳に、確かに太陽の色の炎が宿って見える。私は思わず手を合わせて、身を乗り出した。

 

「ほんと……?」


「約束する! 絶対にだ!!」


「そないな……」


 モーマスはあきれたように私たちを見る。

 

「……わかったわ」


「その約束、信じるわ。だから、モーマス……あなたは、約束のかなう時までお兄ちゃんを支えてあげて!」


 今頼れるのは彼しかいない。私の命令を聞いてくれるだろう人も。私は祈るようにモーマスに呼びかける。

 

「ナスカ様まで……」


「私にはできないから、お願い」


「む……」


 モーマスは少しの間考えを巡らせている。

 ふと何かを思いついたように目を少し開いた後、ひらりと扇を返した。

 

「よろしおす。ただし、王となれるのは『ただ一人』のみ。その覚悟と決意、口だけではないこと示してもらいましょ」


 以降、モーマスは旧館で二人のことを見ることになった。


 ***


 何日もの船旅を経て、私は雪のちらつく帝都の港に降り立った。

 話には聞いていたが、雪風がこんなにも身を切るほど冷たいなんて、想像もしなかった。

 父と兄がどんな道を選ぶのか、私には計り知れない。エイシャのしきたりを守るのであれば、あと数年もすれば兄は成人の儀を迎える。生き残れるのは三人のうち一人だけだ。

 そして……、残った者が、私の夫となるのだ。

 彼は、約束を守ってくれるのだろうか。いくら心配しても、私には祈ることと二人の兄を守るために全てを忘れることしかできない。記憶を取り戻す鍵は兄に託してきた。あとは……運命に従うだけだ。私は降る雪を見上げて、涙が落ちないようにして祈った。


「さようなら、お兄ちゃん」


「……大好きよ」



 そして、私は全ての記憶を封じ込めた。

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