第43話 エイシャ
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「いやー、たいへんだったねぇ。ここまで渡ってくるの大変だったでしょう」
御者が馬を御しながら話しかけてくる。私はあいまいに返事をした。
港から先、エイシャの領内で私の身分を明かすかを話し合ったが、今のこの状況では得策ではないということになり、親戚のつてで来たということにした。
幸いエイシャ城旧館の近くには小さな集落があるらしく、そこまで運んでもらっているところだ。
城までの道は美しく整備された石畳の道だが、旧館への道はあまり整備されていない、草の生い茂った道だ。
サフィールと葵が珍しそうに道沿いの木を眺めている。帝都では観葉植物になるような尖った葉や穴の開いた大きな葉っぱの下草に、はるか上にはオレンジ色の鐘のような花が釣り下がった背の高い木。
深い森の奥は、昼でも暗くて陽が届かなくて薄暗い。
森の奥にふわふわと青色の光が見える。水の精霊だろうか。
エイシャは特別に精霊の多い土地だ。
改めて精霊の存在を意識してみると、こんなに小さな島なのに本当にあふれるほど身近に精霊たちがいる。この精霊たちが土地を豊かにして、嵐を防ぎ、生活を支えているのだ。
「今日は雨かもしれませんね。水たちが嬉しそう」
自然にそんな言葉が口をついて出る。御者が驚いたように答える。
「そうなのかい! お嬢さんは見えるのか。うちはばあちゃんが見えたらしいけど、居るもんだねえ」
しまった、エイシャの中でもそういうもんだったのか。私はえへへと愛想笑いをして黙ってしまう。そんな常識すら覚えてないなんて。あまり余計なことは言わないほうがいいのかもしれない。
「エイシャには精霊が見える人って、たくさん居るものなんですか?」
サフィールが御者に聞く。
「そうだねぇ。王様とか……っと、今は領主さまか。それと、血の濃い家は時々生まれるみたいだね。でも、今は他から観光ついでに来て、そのまま居ついて住む人もいるから割合はどんどん減っているようだね」
「領主様も見えるお方なんですね。お会いしてみたいなあ」
「そりゃ、エイシャの象徴だもの。祭りの時とかにはうちらにも姿を見せてくれるよ。近いうちだと夏至祭は代替わりのごたごたで延期になっているけど、そろそろなんじゃないかな」
「最近は大教皇様がご不在だから夏至祭も中止になっていたけど、今年は開催されるってうわさでそりゃあ楽しみで……と、そろそろ到着だ」
その王様の話をもっと突っ込んで聞きたかったが、どうやら目的地のようだ。御者は小さな集落が見える丘の上で私たちを降ろした。そこから先は道が細くなっていて、馬車も通れないようだ。私は馬車を見送って、カリィを呼び出した。
「で、ここから旧館までどのくらいかかるの?」
「二十分ほど歩くのじゃ」
私の質問にカリィが答える。意外と近い。険しい山道でもないし、日暮れまでには十分たどり着けそうだ。
ただ――。
「……ここ、本当に歩くの?」
サフィールが若干青い顔をして固まっている。
目の前に伸びているのは、一応石畳はあるがけもの道のような細い道だ。両側とも下草の生い茂った深い森に囲まれていて、薄暗い。そこかしこに小さな羽虫が集団を作って舞っているし、大きな虫も……出るだろうし、気を付けないとヒルが落ちてきたりするのだが、常時虫よけの魔法はかけてあるらしいし言わないことにしておこう。私もフードをかぶり直し、ジャケットのジッパーを閉める。葵には合羽を着せ、長靴を履かせてあげた。
「上から水とか葉っぱ落ちてくるかもしれないから、嫌ならフードかぶっとけば?」
「……そうする」
私たちは茂みをかきわけて歩き出した。
***
カリィの導きでしばらく歩くと、急に目の前が開けた。
「――!」
私は呼吸が止まりそうになった。森の中に、木造の立派な建物が建っていた。
それは、夢の中の旧館だった。
高くそびえたつ塔も、高床の建物の形も、数も、少し古ぼけているけど美しい木肌も、装飾のツタの模様も、少しだけ空いた窓も、全部が何度も見た夢と同じだった。
「あ、……っ」
私は胸が苦しくなって、思わず走り出した。ただの夢じゃなかったんだ! 忘れていた記憶の鍵が、手掛かりが、ここにある……!
一番大きな館の階段を上って、中を覗き込む。
そこには、誰もいなかった。
真っ暗な木造の建物の中、オレンジ色の蝋燭の炎がぽつぽつと灯っているむこうに、極彩色と金色に彩られた装飾と太陽をかたどった像、そして、その前には新鮮な果物と菓子が捧げてあった。声を潜めて伺ってみたが、人の気配はない。
「なんじゃ、おらぬのか? アベル! 姉上!」
後ろから着いて走ってきたカリィが中に声をかける。ほどなくして、館の奥から足音が聞こえてきた。
「あっ……! ナスカ? 本当に来たの!?」
廊下の奥から、式服を着た、黒髪の少年――アベルがこちらに駆け寄ってくる。
「本当にってなによ……! 私は本当のことを教えてくれるって言ったから、ここに来たのに」
アベルは一瞬驚いたように目を丸くして、穏やかに笑った。
「いや、嬉しくて……。ありがとう。逃れたってよかったのに。エイシャのことを思ってくれて、本当に……」
笑顔だった眉が下がって、アベルの目からぽろぽろと涙がこぼれる。私は驚いて、慌てて手を振る。
「あ、あの……、ごめん! 泣かせるつもりじゃなくて」
「気にするこたぁないよ。すぐ泣くなっていつも言ってるんだけどねぇ」
頭の横から声が聞こえた。振り向くと、光る女性の映像が私の肩に乗っていた。海のような青い髪に、深い碧色の瞳。体には服をまとっていない。カリィが彼女を見上げて「姉上……」と呟いた。
「あたしは神器のライラ。この姿でナスカ様にお会いするのは初めてになるかね。いろいろあって、都合上映像で失礼するよ。ところで……」
ライラはアベルの方を見る。
「表にいる、ナスカ様のお友達もおもてなししなくていいのかい、アベル?」
「「あっ!!」」
あんまりのことに夢中になって、葵とサフィールのことを忘れていた。
待たせてしまって申し訳ないと思いながら、どうしているだろうかとそっと庭を覗く。二人は少し離れたところで植わっている花を見ながら何事か話しているようだった。
この旧館は、まるで伝承に伝えられる楽園のようだ。色とりどりの花が咲き乱れて、遠くから美しい鳥の鳴き声が聞こえてくる。帝国の支配がはじまる前の世界、古い時代はきっとエイシャすべてがこのような感じだったのだろう。
葵がサフィールの肩にそっと頭を寄せる。若干気まずく感じて引っ込もうと思った瞬間、サフィールが振り返ってこちらを見た。笑顔で手を振ってくるので、入っていいよと二人を呼んだ。
旧館の応接間で一息ついた後、カリィが話し始めた。
「エイシャに帰ったら話をすると言っておったな。それについて話す前に、ナスカ、おぬしに渡したいものがある。アベル、そうじゃったな?」
アベルが頷いて立ち上がり、祭壇の部屋から金色の箱を取ってきた。両手に乗るくらいの大きさの、蔦の装飾とエイシャの紋章のついた箱だ。アベルは大切そうにそれを机の上に置き、ふたを開ける。
そこにあったのは、黒い一振りの短剣だった。
「これは、ナスカが僕たちに預けてくれた儀礼剣。きみの、記憶の鍵だ」
「記憶の、鍵……」
私は、この短剣を知っていた。
満月の日に見る、夢の中の私が持っている剣だ。
「これを手にすれば、忘れてたことを思い出すってこと?」
「ナスカは、そう言って渡してくれたけど……」
アベルが眉を下げて私の顔をじっと見る。私の知らない私が、未来の私に託した鍵。これを手に取っていいものかどうか、少し戸惑う。
「すごいな……柔らかいはずの黒石をうまくナイフにしている。しかもこれ、実際に代々儀礼に使われているものなんだろ? こんな技術……」
サフィールが身を乗り出して興味深そうにナイフを見ていた。かなり珍しいものなのだろう。私の視線に気づいたのか、はっとして椅子に座り直す。
「あ、悪い……。話邪魔した。続けて」
単純な興味らしい。そういえば応接間に来る前も祭壇をちらちら見ていた。
エイシャに限らず国特有のそういった儀式については『ない』ことになっているのだ。こういうことに興味があると言っていたし、詳しく知りたいに違いない。あとで……記憶を取り戻したら、説明してあげよう。私の記憶がちゃんと儀礼について知っているかはわからないけど。
私は、少しだけ残っているお茶を飲み干す。お茶はもうすっかり冷めていた。
「……あのさ、こんなところまで来ておいてなんだけど、ちょっと怖くて」
私は膝の上で手を握る。
そうだ。ずっと怖かった。
記憶がないままで帝都に残れば、人質として捕まったとしても、捕まえた帝国のせいにできた。ここに来ずにカルミアで冒険者を続けることもできた。そうしてもよかったのにしなかったのは、私が私であることをあきらかにしたいからだ。
私は、この精霊たちの祝福にあふれた国エイシャが好き。そして、帝都に移ってからずっと友達でいてくれて優しくしてくれた葵が、私の剣としてずっと一緒に戦ってくれたカリィが、知らないことをたくさん教えて導いてくれたサフィールが、みんなのことが好き。みんなが、今の自分を作ってくれたって思っている。
だからこそ、怖くもあった。記憶を取り戻して、過去の私が私と一緒になってしまったら、みんなへの気持ちも変わってしまうんじゃないのかって。
私は顔を上げて、目の前の大切な人たちの顔を見る。
「もし……もしも記憶を取り戻して、私が私じゃなくなってしまったら、怒ってほしい」
「大丈夫だと思うな。今のナスカも、ナスカのままだったから」
アベルが私のことをまっすぐ見て、柔らかく笑った。他の三人も頷いている。
私は頷いてゆっくりと目を閉じる。
今までの大切な記憶を一つ一つ噛みしめるように思い出した。大丈夫、どんなことがあったって失ってなんてやらない。私は私で居てやる。そう心に強く思いながら目を開いて、剣の柄を手に取った。
瞬間、まぶしい光が視界を覆う。
気が付くと、私は黄金の光の中に座っていた。
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